天下統一した家康公にあやかり… 静岡大チームがビール開発事業

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 NHKの大河ドラマ「どうする家康」放送に合わせて、徳川家康公ゆかりの地で酵母を採取し、クラフトビールを作る産官学合同のプロジェクトが、静岡市で進められている。その名も「家康公クラフト」。家康公とのつながりの深さをPRし、地域振興に役立てようとする取り組みを取材した。【駒沢大・根岸大晟(キャンパる編集部)】

きっかけは「中世ビール」の再現

 ビール開発を担っているのは、静岡大学の研究組織「発酵とサステナブルな地域社会研究所」。同大学の大原志麻・人文社会科学部教授(48)が所長を務める同研究所は昨春、中世の欧州で飲まれていたとされるヤチヤナギを原料とした「中世グルートビール」の再現に挑み、注目を浴びた。この実績を評価した静岡市が大原教授に、家康公との縁の深さをアピールするビールの開発を依頼したのがプロジェクトの始まりだ。

そして昨年10月、久能山東照宮や駿府城など、家康公にゆかりのある静岡市内の場所に生育している植物からとれる野生酵母を使ってクラフトビールを醸造し、同市の特産品として販売する産官学合同のプロジェクトが正式に始動した。開発に必要な資金は静岡市が負担する。

 中世スペイン史を専攻し、その知見をもとに中世のビールの再現に挑んだ大原教授。家康公ゆかりのビール作りについても「歴史を学ぶ一人として興味をもった」といい、「家康公が長年過ごした地の酵母を通じて家康公を思い起こしてもらい、静岡市と家康公の魅力を伝えたい」と抱負を語っている。

苦労した「酵母」探し

発見した酵母のサンプルを手にする静岡大理学部生物科学科の市川理穂さん(左)と、高橋佑嘉さん=静岡市内で、根岸大晟撮影
発見した酵母のサンプルを手にする静岡大理学部生物科学科の市川理穂さん(左)と、高橋佑嘉さん=静岡市内で、根岸大晟撮影

 プロジェクトの成否はビール作りに適した酵母が採取できるかどうかに左右される。その重責を担っているのは、同研究所のメンバーである丑丸敬史・同大理学部生物科学科教授(61)だ。「使う酵母を静岡市内で見つけるという縛りは大変だと思った。だが、制約がある中で酵母を見つけることに成功したら面白いと思った」という。

 酵母探しの作業は、学生たちの協力を得た。その一人、同学科4年の高橋佑嘉さん(22)は「卒業研究で酵母を扱っており、花から野生酵母が採取できることに興味があった」という。また同学科4年の市川理穂さん(27)は「別の県出身である私にとって、静岡という土地は縁もゆかりも少ないが、このプロジェクトを通じて少しでも静岡に関わりたい」と参加理由を話してくれた。

 酵母を見つけるために学生らが採取した植物は、今年3月中旬までに1800種類にのぼる。それらは「家康公お手植え」と称される駿府城公園のミカン、久能山東照宮にあるウメなど、多種多様だ。これらの植物からビール醸造に適した特定の酵母を見つけるのが狙いだ。

 しかし、この酵母探しは苦戦を強いられた。酵母は、昆虫が媒介して花に付くので、その花を採取するのが一般的だが、秋冬の時期は昆虫の活動が減り、なかなか狙った酵母を見つけることができなかった。市川さんは「間違った手順を踏んだのではないかと思った」と当時を振り返る。

苦労の末に昨年12月、本命の酵母ではなかったが、ビール醸造に使える別の種類の酵母を見つけることができた。なかなか使う酵母が見つからずにいたので関係者の喜びはひとしお。大原教授は「学生のおかげもあり、酵母が一つ見つかったことはうれしかった」と振り返った。

目指すは「日本一のビール」

品質評価会で、試作した10種類のビールの風味を確認する中心メンバーら=大原教授提供
品質評価会で、試作した10種類のビールの風味を確認する中心メンバーら=大原教授提供

 確保できた酵母は計10サンプル。「家康公クラフト」の第1弾の製品は、この酵母を使って醸造することとなった。「家康公クラフト」醸造に向けて弾みがついた。そして今春、本命としていた酵母も計13種類の植物から採取することに成功。こちらは今後の製品開発に使われる見通しだ。

 第1弾の商品の醸造に着手する前に、味わいなど個性を決めるための試験醸造を静岡県工業技術研究所沼津工業技術支援センターで実施した。試作したビールは計10種類。3月17日には品質評価会を開催し、静岡市の関係者や醸造所などプロジェクトの中心メンバーが味わって、味や香りなどの確認や評価を行った。同じ酵母でも、採取した植物などの違いによって、フルーティーだったり苦みが強かったり、仕込んだビールの味に違いが出たという。

 評価会を受け、丑丸教授は「今回、風味を確認した酵母の能力は把握することができた」と自信を示した。現在は製品化に向けた最終的な絞り込みなどの作業が進められている。丑丸教授は今後使う予定の酵母についても「人間に個性があるように、能力に差がでると思われるので精査していきたい」と話した。

 「家康公クラフト」は市内3カ所の醸造所で製造する計画だ。地産地消の形で市歴史博物館・大河ドラマ館など静岡市を中心に夏前の発売を目指している。大原教授は「大河ドラマと一緒にビールも成長してほしい。そして静岡市と家康公とのゆかりや歴史を知らなかった方にも、ビールを通じて知るきっかけになってくれたらいいと思う」と話している。また丑丸教授は「家康が天下を取ったように、このビールも日本一のビールになってくれればいい」と語った。

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