「思い込み」から自由に 日本女子大
生まれの性別が男性で性自認が女性であるトランスジェンダー女性を受け入れる動きが、各地の女子大で広がりつつある。日本女子大(本部・東京都)は2024年度から、トランスジェンダー女性を受け入れることを決めている。同大の受け入れに至るまでのいきさつや思い、そして、既に受け入れを開始している奈良女子大の先行例を取材した。【大正大・中村勝輝】
日本女子大が受け入れに動いたきっかけは、15年にトランスジェンダー女児の保護者から付属中受験の可否についての問い合わせがあったことだった。同大でトランスジェンダー女性受け入れを担当する小山聡子・人間社会学部教授は「以前ならすぐお断りして終わっていたかもしれないが、多様性を認識する社会情勢に鑑み、どう向き合うべきか、付属校のみならず大学を含めた学園全体の課題として取り組むきっかけになった」と語る。
準備期間おき24年度から
ただ、受け入れがすんなり決まったわけではない。同大では学内の意思統一を目指して18年から議論を開始し、当初は20年度からの受け入れ実施で調整した。同大が受け入れに前向きだったのは「本学が受け入れを行うことで、『女性はこうあるべきだ』という、人の内面にある刷り込みや思い込みを外していきたい」(小山教授)という強い思いがあったためだ。
しかし学内では「時期尚早」という慎重論が根強く、実施を1年遅らせて21年度からの受け入れを目指すことにした。ただ、教職員を対象に意向調査を行ったところ、「準備不足」を指摘する意見もあったという。また、在学生はおおむね賛成だったが、中には「受け入れにあまり賛成ではない」「変化が怖い」という意見が寄せられることもあった。
こうした状況を踏まえ、大学側は学内の懸念解消と環境整備に時間をかける方針に転換。20年6月に、4年の準備期間をおいて24年度からトランスジェンダー女性を受け入れることを公表した。そして今年6月に「多様な女性が共に学べる女子大を目指す」趣旨を含む「ダイバーシティ宣言」を発表。その中で、24年度からトランスジェンダー女性の受験資格を認めることを改めて表明した。
現在は、教職員への研修をはじめ、トランスジェンダー女性である学生への対応などで順守すべき事柄を明示するガイドラインの作成を行っている最中だ。また不安を覚える学生との対話を重視し、大学と学生が共に考えていける環境を整えようとしている。小山教授は「性の多様性はセンシティブな問題。教職員の研修、学内の啓発推進を含め、4年間の準備期間は必要だと思う」と語った。
受け入れを開始する24年は、15年に付属中への受験について照会してきた児童が大学受験を迎える年だという。小山教授は「今後の女子大は、ステレオタイプの女性らしさやジェンダー規範という、女性を取り巻く抑圧から解放される場として機能させたい」と、今後の女子大の存在意義についても展望を示した。
悪意ない「傷つけ」ないか 奈良女子大、慎重に整備
トランスジェンダー女性の受け入れは、国立のお茶の水女子大と奈良女子大、私立の宮城学院女子大の3大学が先行して実施している。奈良女子大は19年に受け入れを表明し、20年度から開始した(受け入れ人数は非公表)。同大副学長として受け入れに携わる西村さとみ・文学部教授は「社会全体で性自認を尊重する意識が高まってきたことを背景に、大学として当事者に安心して学べる場を提供したかった」と受け入れ理由を語った。
受け入れに向けて行った意見交換会では、在学生から「悪意のない傷つけがないか不安」という声があったという。西村教授は「さまざまな事情で男性に苦手意識を抱き、女子大を選んだ学生もいる。その学生、トランスジェンダー女性の学生、両者に悪意がなくとも、受け入れにより、お互いが傷つく場合も考えられる」と指摘する。
このため同大は、受け入れ実施に先立ち、課題を洗い出した。そして在学生や保護者への説明・啓発、教職員研修の実施や相談体制・ガイドラインの整備など、さまざまな対応を段階的に、丁寧に行っていった。「国立大として、差別のない教育を届けたい。大学がこうした課題に向き合うことで、潮流の変化に社会がどう対応していけばいいかが見えやすくなる」と西村教授は話す。
トランスジェンダー女性と確認する際は、医者による診断書がなくとも、高校作成の書類や家族などの確認が付された自己申告(女性と自認しているか)でも可能という。これは、トランスジェンダーを病ではなく、性の多様性として尊重するためだ。
西村教授は「今後、トランスジェンダー女性を受け入れる大学が増えていけば、先行している大学として必要な情報などを提供していきたい。そして受け入れが、話題にならないくらい当たり前な世の中になってほしい」と今後の願いを語った。