厳しい所得制限、大学側の要件
低所得世帯を対象に大学などの学費を無償化する「大学等における修学の支援に関する法律」が5月に成立した。新制度は、来年4月から始まる。この法律は通称「大学無償化法」として報道されてきたが、実際は、授業料や入学金の免除・減額、給付型奨学金の拡大を行うもの。厳しい所得制限や中間層への対応の不透明さなど問題点も多く挙げられている。キャンパる編集部は、奨学金制度や教育問題に詳しい、弁護士の岩重佳治さんと桜美林大学教授の小林雅之さんにインタビューを行った。また、進学をひかえる高校生と大学1、2年生計約70人に、新制度や現行の奨学金に関するアンケートを実施した。【まとめ、津田塾大・畠山恵利佳】
返済制度改善が先決 奨学金制度の改善を求める弁護士・岩重佳治さん(61)
岩重さんは新制度導入に対し「奨学金制度改善への大きな一歩と評価できる一方、解決すべき問題を多く抱えている」と指摘する。
大きな問題点として、中間層への対応が挙げられる。これは、新制度の支援対象が、年収約380万円以下の世帯の学生と限定的なためだ。「返済に苦しむ一部の人だけが対象となることで、返済が困難な人たちの中で分断が起こるのではないか」と危惧する。
また、対象となっても給付額に限りがあり、追加で貸与型奨学金が必要な場合もある。貸与型奨学金の制度が改善されていない現状で、この制度が返済に苦しむ人たちの状況を変えられるのかも疑問だという。
一定の授業出席や成績要件があることも問題の一つだ。本来、新制度は高等教育を受ける貧困家庭の学生を支援するためのもの。貧困家庭の学生は、学業に集中できる環境が整っていないことも少なくない。こういった学生に、十分な教育環境が前提の要件を課すことは、新制度の目的に不相応だと強調する。
さらに、新制度が目指す教育についても疑問を呈する。新制度では、実務経験のある教員による授業科目の配置も大学側の要件の一つ。「産業界が求める人材の育成に主眼を置くことは、学問をする場である大学の役割を非常に狭く捉えているのではないか」
新制度が注目される一方、奨学金問題の解決には、返還制度の改善が不可欠だと岩重さんは訴える。
奨学金問題の根本的な原因に、学費の高騰に対し、経済的に苦しい家庭が増加しているという構造が挙げられる。実際、学生の2人に1人が奨学金利用者だという。2017年度から返済不要の給付型奨学金が導入されたが、これを利用できるのはごく一部。そのため、学費を払えない家庭の多くは貸与型奨学金に頼らざるを得ない。また、奨学金を借りる時点で学生の返済能力が明らかではないため、将来返済できないリスクが高いことも原因の一つだ。
こういった現状を改善するには、無理のない返済制度と返済困難な人の救済制度が必要だという。「現在の救済制度は貸金の回収を目的とした運用がされていることが多い。返還制度の改善がなされなければ、学費の減免は十分な効果を発揮せず、返済に困っている人たちを救うことはできないだろう」
さまざまな課題が挙げられている新制度。だが、そもそもこの制度をよく理解していない学生が多くいることが、編集部のアンケートの結果からわかった。
これは、複雑な制度に対し、詳しい情報が提供される場が少ないことが原因だという。現行の制度についても、学生が専門家から説明を受けられる機会はほぼない。岩重さんは「十分な情報が与えられていない一方で、情報収集は学生の自己責任なのが現状だ」と語る。
問題点が少しでも改善され、より多くの学生が、大きな負担なく高等教育を受けられる社会が実現するよう、記者も願っている。【立教大・明石理英子】
学生自ら課題提起を 教育格差を研究する桜美林大教授・小林雅之さん(66)
「高等教育の修学支援新制度」は現行の奨学金の支援の幅を拡大したものだ、と小林さんは評価する。
しかし、奨学金を受給していても、新制度では成績下位4分の1が連続した場合、支援の打ち切りや返還が求められる。奨学金の対象者は所得が少なく、奨学金をもらいつつアルバイト等で、生計を立てていることが多い。「もし打ち切られてしまえば大学に通えなくなる学生が増える可能性がある」と危惧する。
その事態を避けるため、大学側が個々の事情を考慮し、継続の判断をする必要がある。中間層の学生へも何らかの対応が考えられるが、まだ詳細が決まっていない。
また、この法律には対象となる大学側に要件がある。例えば、実務経験のある教員等による授業科目の一定数以上の配置だ。この「実務経験」とは一昨年12月に閣議決定された、高等教育の無償化などを扱っている「新しい経済政策パッケージ」内で新しく提案された概念だ。約2カ月という短期間で作られた政策で議論が十分ではない。新制度に多くの欠陥があるのもこのためだ。
当初は、実務経験のある教員による授業が標準履修単位124単位の1割以上必要とされていた。だが、学外でのインターンシップや実習等を授業として位置付けているなど、実践的な教育が行われる授業科目が含まれ、大学側が対応できないため、要件は緩められた。
大学側に要件が課された背景には、大学の教育内容に対して、経済界など外部から疑問や不満の声が寄せられている事実がある。「以前から指摘されていたが、大学側にあまり変化が見られないため、要件を課すことで大学の改革を促すようにしたことがうかがえる」
しかし、専門学校は約1000校が新制度の対象外である。専門学校は小規模で申請する事務体制が整っていないため、申請自体していない学校も多く、支援が不十分だ。
さらに学校側の負担が大きくなっていることを小林さんは指摘する。支援の拡大による申請者の増加や、各家庭の所得調査等による事務作業が急増したためだ。「外部から専門の職員を迎えるなど、学校側へのフォローも必要」という。
また、当事者への正しい情報伝達が不十分な中、その課題に対して、行動を起こしている学生もいる。例えば「FREE」という奨学金制度の改善などを求める学生団体だ。「学生からの指摘で大人が気づくこともある。当事者である学生の意見や行動が大切」と小林さんは語る。【大正大・竹村健吾】
目立つ制度周知求める声
高校生や大学生は、新制度についてどのように感じているのか。
高校生と大学生の回答を比較すると、関心の程度や理解度については、大学生の方がやや高かったが、疑問点や改善を求める点は共通していた。自身に関わることや、自分たちも負担する消費税率の引き上げによる財源が用いられることから回答者の半数は関心を持っていた。一方で、奨学金や新制度の支援を受けない学生にとっては、関心が低いようだ。
関心を持つ高校生や大学生に対し、制度の疑問点をたずねると、「誰が対象となるのか」「いつから始まるのか」「自分の大学は対象なのか」など、基本的な内容が挙げられた。中には「大学が無償になる」と勘違いしている回答も複数見られ、支援の内容自体が周知されていないことがわかった。
さらに、制度に対する意見を聞くと、「(もっと)ニュースで取り上げてほしい」「学校側から案内や説明をしてほしい」といった、情報提供を求める声が目立った。加えて「中間層への対応」といった支援の幅に関する意見も。また「無償化法と言うのは誤解を招く」と報道のされ方や、「条件や規定を簡潔化してほしい」と制度の複雑さを指摘する声もあった。
アンケートへの回答は、国公立と私立共に含む高校1~3年生19人、大学1、2年生50人。
■岩重佳治(いわしげ・よしはる)さん
弁護士(東京弁護士会所属)。独協大学非常勤講師。2013年に「奨学金問題対策全国会議」を設立して以来、事務局長として奨学金の返済が困難な人の救済活動を続けている。著書に「『奨学金』地獄」など。
■小林雅之(こばやし・まさゆき)さん
桜美林大学教授、東京大学名誉教授。専門は教育社会学。文部科学省中央教育審議会臨時委員。奨学金問題の権威として知られ「進学格差」などの著書がある。