一橋大新卒のスナックママ 「地域の交流拠点」を守りたい 東京・国立に来月オープン

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 一橋大学社会学部をこの春卒業した坂根千里(ちさと)さん(23)=東京都国立市在住=は、キャンパスのある同市内で2021年12月に閉店したスナックを引き継ぎ、自ら経営に乗り出す。一度は企業に就職して活躍することを目指した坂根さんだが、なぜ大きく方針転換したのか。新型コロナウイルスまん延下で、スナック経営にどんな夢を託しているのか、坂根さんの思いを聞いた。【上智大・沖秀都】

 坂根さんが開くスナックは、キャンパスからほど近いJR南武線・谷保駅から徒歩約5分の住宅地にある。4月2日にプレオープンし、同月下旬に正式オープンする予定だ。店の広さは約30平方メートルで18席。坂根さん自身が「ちり」という源氏名でママを務める。店名は「スナック水中」。店が建物の半地下にあることから、「日常から離れて水中に漂い、リラックスしてから地上に戻る姿」をイメージして名付けたという。

 坂根さんは行動的な学生生活を送っていた。大学2年生だった19年1月には、同市内に旅行客が格安で泊まれる「ゲストハウスここたまや」を、大学の友人とともに開設した。旅行好きで、国内外の旅先でさまざまな経験をした人と出会う楽しさを知ったという坂根さん。ゲストハウス開設は、出会いの場を身近な場所に作れないかと模索した結果だったという。

 19年夏から20年春にかけては、大学を休学してカンボジアに渡航。現地のホテルのインターンシップ(就業体験)に参加して、ホテル経営について学んだ経験もある。

 そんな坂根さんがゲストハウス開設と同じ頃、地元の知人に連れられて訪れたのが、「スナック水中」の前身である「すなっく・せつこ」だった。地域の古くからの交流拠点であり、垣根が低く、見知らぬ人でも仲良くなれる、古き良き昭和の香り漂うスナック。坂根さんは「普段の生活は無意識のうちに効率性にとらわれていたが、ここなら自然体でいられる」と感じたという。そしてママの「せつこ」さんにすぐ気に入られ、カンボジアに渡航するまでの間、アルバイトとして働いた。

経営計画説明し父を説得

 転機は、帰国してアルバイトを再開した後の20年4月。お店を20年以上切り盛りしてきたせつこさんに、「お店を継いでみない?」と誘われた。ちょうど飲食業界を直撃する、1回目の緊急事態宣言が出たタイミング。新卒の身であり、収入や将来に対する不安は当然あった。しかし、引退を考えていたせつこさんに何度も口説かれるうちに、引き継ぐことを徐々に意識するようになった。

「スナック水中」の完成予想図には、新規客と常連客がともに居心地よく過ごせるための、さまざまな工夫が見て取れる=東京都国立市で、埼玉大・佐藤道隆撮影
「スナック水中」の完成予想図には、新規客と常連客がともに居心地よく過ごせるための、さまざまな工夫が見て取れる=東京都国立市で、埼玉大・佐藤道隆撮影

 そして自分なりに計画を立て、「スナック経営で収益を確保できる見通しが立った」21年1月、企業への就職活動を取りやめ、スナック経営を引き継ぐことを決意した。

 都市政策を専攻し、まちづくりに興味があった坂根さん。スナックのアルバイトをしつつ、不動産業界への就職を目指してインターンシップにも精力的に参加していたという。そんな坂根さんの方針転換に、家族は当初、反対だった。父からは「そんなに甘くない」と諭された。しかし自分で考えた経営の見通しを繰り返し説明した末、認めてもらうことができた。

 開業資金の面でも、一定の見通しが立った。複数の銀行から融資を受けることに成功したほか、開業に向けて行ったクラウドファンディングには多くの賛同が集まった。予定の半分の期間で目標額170万円に到達し、最終的にはその2倍以上の資金を集めることに成功した。

昭和ファンも新規も大切

 クラウドファンディングで坂根さんを支援した人からは、「人が集まる場ができることは楽しみ」「昭和の雰囲気を残したスナックが廃れるのは悲しいので、新しい取り組みがうれしい」などと、坂根さんの取り組みに賛同する声も数多く寄せられた。

 コロナという逆風下での開店となるが、坂根さんは意気盛んだ。自身のスナックを「お客様がパワーをチャージしたいなという時に、お一人でも立ち寄っていただけるような場にしたい」と話す。

 開店に向けて行った改装では、初めて来た人でも入りやすいように開放的な空間にするため、店の窓は、外から中がよく見えるようにガラス窓を設置した。またスナックにあまり縁がない若者や女性を呼び込むためにノンアルコール飲料や野菜をふんだんに使用したメニューを用意。さらにオンラインでの情報発信を通してスナック内部の可視化にも取り組むなど、新規客が足を運びやすい場を作ることを目指している。

 その一方で、「『すなっく・せつこ』を知る地元の常連客も大切にしたい」とも語る。年季の入ったカウンターはそのまま使い、常連さんたちにとって居心地のよい雰囲気や空間を極力残す。また平日は常連さん向けの日と位置づけ、休日は新規の客をメインに集客する考えだ。「大好きなスナックが今後も続いていくような収益モデルをこれからも考え続けて、新しい時代のスナックママのあるべき姿を示したい」と坂根さんは意気込んでいる。

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