仕事訪問 関西大社会学部准教授 水谷瑛嗣郎さん(37)

トップ

デジタル社会、暗部に切り込む 民主主義揺らぐ危機感

 社会の最前線で活躍中の「キャンパる」卒業生を訪問する「仕事訪問」。今回は関西大社会学部准教授で、インターネットによって変わりゆく現代メディアとその問題点について多角的に分析する気鋭の研究者、水谷瑛嗣郎さん(37)を訪ねた。【上智大・古賀ゆり】

 水谷さんは現在、SNS(ネット交流サービス)などのデジタルメディアの普及によって生じた、フェイクニュースや人工知能(AI)によって生成される偽動画など、デジタル社会の負の側面の問題について研究している。

水谷さんは同志社大で法律を学び、さらに研究を深めようと慶応大大学院に進んだ。そして憲法について研究するうちに、日本の戦後民主主義に興味が移った。「ネット上にたくさんの情報があふれる時代に民主主義が機能していくためには、多様な知識が必要で、報道機関の役割やジャーナリズムが重要であると感じた」そうだ。そして、その民主主義社会を支えている情報公開や情報流通のあり方に自身の関心を深めていったという。

 ネットの普及が進む中で、報道機関以外の一般の人も気軽に情報を発信することができるようになった。ただその一方で、報道機関の影響力が低下し、新聞やテレビなどが発信していた専門家や研究者の専門知識に基づく指摘や分析までが軽んじられるような風潮が現れた。

水谷さん自身がそのことを一番強く実感したのは2011年の東日本大震災の時だったという。「震災直後は多くの人が科学者の言葉に耳を傾けていたものの、徐々にSNS上で影響力を失い、分断が深まっていったように見えた。またSNS上での議論が、理性的な対話というよりも相手を言い負かす論破型のものが目立ってきた」という。

 「そのような状態が続くと、民主主義が揺らいでしまう」。その後、博士課程に進んだ水谷さんは、こうした危機感を抱いてさらに研究にのめり込み、研究者の道を目指した。

ネット検索サービスやSNSなどを利用すると、サービス提供者の側は、利用者が打ち込んだ検索ワードや閲覧した情報などをもとに、「お薦め情報」を次々と提供してくる。現代メディアの特徴の一つである「レコメンド」と呼ばれるこの機能も、水谷さんの研究テーマの一つだ。

 「自分の好きな情報がどんどん表示されることは便利ではある。しかし、自分の興味のある情報ばかりに囲まれ、自分の興味のない情報が入ってこない環境に置かれると、情報の真偽を見極める力が弱くなる。それは長い目で見ると、民主主義に良くない」と水谷さんは語る。

「社会では自分とそりが合わない人を排除することはできず、自分とは異なる意見を持った人も含めて、共同で運営していかなければならない。しかしネットに依存しすぎると、自分とは物の見方や考え方が異なる人と対話することが難しくなってしまう」という。

 価値観の異なる人が集い、ものを作り上げることの大切さ。水谷さん自身はそのことを「キャンパる」で体験したのかもしれない。

 水谷さんが「キャンパる」に入会したのは、関西から上京して大学院に通い始めた頃。すでに入っていた大学院の友達に紹介してもらったことがきっかけだ。「さまざまな大学から集まった仲間と、自分たちで取材し、コンテンツを作ることの大変さと楽しさを学べたことは、非常に良い経験になった」と話す。

 最後に今の学生に伝えたいことを聞いてみた。すると水谷さんは「僕自身はそういう言い方をしたくないけれど、今の大学生はよく『昔の大学生とは違って忙しい。時間がない』と言う。でもそれは、SNSなどが送りつける膨大なコンテンツに自分の時間を奪われがちだから。その分社会問題や世界の問題についてじっくり考える時間が奪われていっているのではないか」と話した。

 普段長い時間をSNSで消費してしまっている記者には、耳が痛い言葉だ。SNS上の狭い範囲に興味を限定せず、さまざまな学びや人との出会いを大切にして、自分の世界を広げていきたいと思った。


■人物略歴

水谷瑛嗣郎(みずたに・えいじろう)さん

 1986年大阪府生まれ。同志社香里高、同志社大法学部、慶応大大学院法学研究科を経て2016年、帝京大法学部助教。19年から関西大社会学部准教授。専攻は憲法、メディア法で、共著に「リーディング メディア法・情報法」、「憲法学の現在地」「AIと憲法」などがある。キャンパる第22期(10年度)卒業生。

PAGE TOP