美しい曲線とそのデザイン性から、「折り紙でできた作品」と聞くと驚く人も多いのではないだろうか。複雑な形状をした数々の立体の折り紙作品を製作しているのは、筑波大学システム情報系教授の三谷純さん(46)。折り紙の可能性を広げている三谷さんに、折り紙の魅力と可能性について尋ねた。【日本女子大・鈴木彩恵子】
三谷さんは父親がエンジニアだったこともあり、小学生の頃からパソコンを操作していた。また紙工作も好きで、本を見ながら動物などを作っていたという。東京大学工学部でコンピューターを利用した機械部品設計を学び、同大大学院で三次元モデルを扱うコンピューターグラフィックス(CG)の手法について研究を深めた。
その過程で三谷さんは、紙で立体を設計するにはどうしたらよいか興味を深め、成果を収めていく。「世の中の素材の多くはシート状で、紙で作れるものは他の素材でも作れる」と思ったからだ。幼い頃から紙工作が好きだったことも大きく影響している。2005年に筑波大に講師として赴任して以降、「紙で作る」というテーマでもっと難しいことに挑戦したいと思ったという。そこで切らずに折るだけという難しい制約のある折り紙を、CGを用いて設計したら面白いものができるのでは、と考えた。それが今の研究の原点だと三谷さんは話す。
全部をいっぺんに
思わず見入ってしまう作品は、全て手で折られたもの。コンピューターで立体形状を作り、計算によって展開図を作り出す。直感で構図が浮かんだ時はフリーハンドで紙に折り目を描き、デザイン用ソフトで清書。どちらの場合も、設計ができたら専用の機械でカッターの刃でひっかくように折り筋をつけていく。
折り鶴のような折る順序はなく、全体的に少しずつ折り目をつけて全部をいっぺんに折るのが三谷さんのやり方。慣れるまで半年はかかったそうだが、今ではほとんどの作品が20分あれば折れると聞いて記者も驚いた。身の回りの物からアイデアが浮かぶことはあるか尋ねると、「以前は散歩しながら目に入る形をどうやったら作れるか考えていた」と笑顔で語ってくれた。
平面の紙から「折り」だけで複雑な造形を作り上げる折り紙。近年はその技術が建築やロボットの設計に用いられるなど、多方面で活用されている。しかし三谷さんのように、折り紙作品を作り上げるのが主目的で、そのために自分の専門技術のCGを活用する研究者は珍しいという。
三谷さんの折り紙にはたくさんのこだわりが詰められている。第一にその形。「他の人ができない形を作りたい。曲線を持つ作品を作る人はあまりいないから差別化ができると思う」と語る。第二に使う紙。表面に細かい凹凸のある「タント紙」という紙を使っていて、質感や厚さ、折り目のつき方が良いという。厚さはコピー用紙の2倍。大きさは両手で上手に扱える範囲で最大の、A3サイズを使うことが多い。第三は紙の色で、白しか使わない。「色によって作品の見方を左右されたくない。形を見てほしい」という理由からだ。
折り紙研究だけにとどまらず、多方面に活動範囲が広がっている。10年にはアパレルブランド「ISSEY MIYAKE」の服飾デザインに関わり、平面にたたまれた布を広げると立体になる服の開発に携わった。19年に行われたラグビー・ワールドカップ日本大会では、各試合の優秀選手に贈られるトロフィーに、三谷さんの折り紙作品をモチーフとした多面体のデザインが採用された。しかし、自身の折り紙とは違い、素材や強度、コストなどさまざまな要素を考慮しなければいけない点は大変だったようだ。
雑念が無くなる
折り紙は「折って、立体ができて、きれいな形に収まるのが楽しくていやされる」と三谷さん。「無の心境で雑念が無くなる」という。「一般的に折り紙は、作る手順があったり、角を合わせたりしないといけないという概念があると思うが、もっと自由な物だと思ってほしい」と話す。
本格的に折り紙の研究に取り組み始めてから15年。競争の激しい産業化前提の分野ではないため、研究はゆったりと進む。その中で、自分がやりたい折り紙を折り続け、研究室まで持てたのは幸いなことだと振り返る。今後については「日々自分が面白いと思う新たな形を作って発信していきたい。そこで役に立ちそうな形があれば声を掛けてもらって、新たなものを作り上げていきたい」と語る。独創的な折り紙の世界が、三谷さんの手から今後も鮮やかに広がっていく。