全国に広がる学費値上げの動き 連帯して抗議する大学生たち

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学費値上げに反対する声を国政の場に届けた学生たち。満員だった会場では、立ち見で参加する人もいた=東京都千代田区の衆議院第2議員会館で、日本大・田野皓大撮影

学費値上げの動きが全国の大学に広がっている。昨年、東京大学が値上げの方針を打ち出し注目を集めたが、これに追随するように、地方の国公立大学や、私立大学が相次いで学費値上げの動きを見せている。この動きに危機感を強めた全国の大学生たちが、連帯して値上げ反対の意思表示と抗議行動に乗り出した。東京で一堂に会し、声を上げた学生たちの思いを取材した。【明治大・山本遼】

15大学の学生が抗議の意見表明

 「病気になっても通院を控えるなど、もう生活がギリギリという学生は多くいます。これ以上、学生を苦しめないでください」「経済的に恵まれない学生は放置されているのに、学費が上がれば大学進学そのものを諦める人も増えてしまう」

2月13日、東京都千代田区の衆議院第2議員会館で開かれた学生集会で、学費値上げの動きに抗議するとともに、物価の高騰などによる生活の苦しさを訴える学生たちの切実な声が次々に聞かれた。

 この集会は、東大、大阪大、広島大、熊本大、中央大、武蔵野美術大の6大学の学費値上げに反対する学生団体が中心となって、全国の大学など高等教育機関の学生に賛同・参加を呼びかけて開催した。当日、会場には125人、オンライン参加者も含めると250人以上の学生らが参加した。抗議のスピーチは、中心となった6大学を含む15大学(18人)の学生が行った。

厚みを増す反対の声

集会で学生たちは、自身や学友の置かれている厳しい状況を切々と訴えた=東京都千代田区の衆議院第2議員会館で、明治大・山本遼撮影

同所での学生集会は、今回が2回目になる。1回目は昨年6月14日に行われたが、この時中心になったのは、学費値上げの意向が報道で伝えられ、直ちに抗議と反対の声を上げた東大と広島大の学生たちだった。

 2回目の今回は「学費値上げに反対する中大生の会」が1月、東大で反対活動を行う学生団体「学費値上げ反対緊急アクション」に対して、「国への要請や集会を一緒にやらないか」と呼びかけたことが端緒だったという。

 学長との対話や座り込み、政官界への要請書提出、署名活動やアンケートなど、東大の学生は昨年、学内外で精力的な反対活動を行っていた。ただ、同アクションのメンバーで東大院の佐藤雄哉さん(27)によると「他大学ともっと連携できたらよかったというのが反省点だった」という。「中央大からの呼びかけは予想外だったが、うれしかった」と佐藤さんは振り返る。そして同様に値上げ反対の行動を始めていた他の4大学の学生団体も合流し、抗議規模を拡大する形で2回目の集会が開催された。

 集会には財務省、総務省、文部科学省の担当者や各政党の議員を招いた。そして学生たちが直面している深刻な状況を訴える意見表明と共に、「2019年ごろから相次ぐ学費値上げを止めること▽大学等の学費を10万円値下げすること▽給付型奨学金を拡充すること――の3点を可能にするために国が予算をつけること」を求める要請書を提出した。

値上げ検討、撤回に追い込む事例も

「広島大学学費値上げ阻止緊急アクション」代表の原田佳歩さん。当日は広島からバスを乗り継いで現地参加したという=東京都千代田区の衆議院第2議員会館で、日本大・田野皓大撮影

 集会は、学生たちが連帯の輪を広げていることを示し、結束して学費値上げ反対をアピールする場になったが、個々の行動で成果を勝ち取る事例も出ている。注目を集めたのは、今回の集会の呼びかけ校の一つである広島大の学生たちの取り組みだ。

「広島大学学費値上げ阻止緊急アクション」代表で「よりよいキャンパスライフを目指す会」を運営する同大文学部2年の原田佳歩さん(20)は、昨年5月、越智光夫同大学長による学費値上げ検討発言を中国新聞の報道で知り、会の仲間とすぐさま抗議活動を開始した。6月から電子署名サイトで署名活動を展開し、1カ月余りで約1万7600筆の署名を集め、同学長に提出。大学当局による学費値上げ検討を事実上撤回に追い込んだ。

 早い段階で行動を起こせたのは、「元々、東大の学費値上げ反対に同じ国公立大学として連帯できないかと注視していたから」だったと原田さんは話す。

 広島大は、広島県内からの進学者は3割程度で、中国・九州地方からの進学者、つまり下宿生が大変多いという特徴を持つ。「県内や近場の他県の国公立大学でなければ進学できなかった人、生活費の問題で国公立大学でなければ進学を許さないと言われてきた人は多く、奨学金に頼っている学生も多い」と原田さん。そうした進学者、進学希望者にとって学費値上げは、学業の継続や進路選択において大きな影響を及ぼす。

一方的な押しつけへの反発も

要請書を立憲民主党の吉田晴美議員(正面右)に手渡す広島大の原田佳歩さん(同左)。学生たちは訴えを盛り込んだ要請書を各政党や主要省庁の官僚に提出した=東京都千代田区の衆議院第2議員会館で、明治大・山本遼撮影

 ただ多くの大学の場合と同様に、広島大でも値上げされるとすれば、現在在籍している学生ではなく、新規入学者がその影響を受ける可能性が高い。それでも多くの署名が集まったことについて、原田さんは「将来学費の負担に苦しむ後輩のためという現役生たちの思いがある」と説明した。その上で、「単に学費値上げ反対ではなく、重要問題をトップダウンで一方的に職員や学生に押しつける大学運営の問題点を訴えたのが、在学生たちの琴線に触れたのでは」と指摘した。

 記者自身、今回の学生集会に参加して感じたのは、学費値上げに対する怒りだけでなく、重要事項を前触れもなしに一方的に押しつけるような、大学運営、大学自治の現状に対する学生たちの疑念や不満だった。

集会でスピーチした中央大法学部2年の女子学生は、大学当局による学費値上げの周知の仕方に問題を感じたという。同学生によると、昨年9月中旬に学生向けのポータルサイト上でひっそりと掲示され、同ページに「意見があるならここにください」というリンクが張ってあるのみだった。

 「あまりにも学生の声を聞かなすぎではないか」。憤った学生たちは、翌月に団体を立ち上げ、学費値上げ計画の存在を学内に周知するとともに、計画に対する在学生の意見を集めて大学に届けようと、アンケートを実施。その結果から、9割以上の学生が値上げに関する正確な情報を把握していなかったことが分かったという。

留学生も標的に

 学費値上げのターゲットは日本人学生だけではない。文科省は昨年4月、国立大学が外国人留学生に求める授業料の上限を撤廃した。これを背景に国公立・私立を問わず、留学生の学費の値上げを実施・検討する動きも見られる。

 武蔵野美術大は昨年7月に「修学環境整備費」という名目で、通常の学費160万円前後の約2割に当たる36万3000円を留学生から追加で徴収すると公表した。この決定に際して、留学生と日本人学生の有志が抗議活動を開始。今回の集会でも、開催の呼びかけ校に名を連ね、留学生への事前ヒアリングや意見交換などを行わない当局の姿勢を批判した。

 学費値上げの動きが拡大すれば、大学側の対応に対する学生の不満は各地でさらに強まる可能性がある。ただ、学生が学校側と対立を深めるだけでは事態は好転しない。広島大の原田さんは「私たちの学費値上げ反対の署名は最終的には学長に提出したが、本来は大学と学生が一緒になって、国に請願するもの。学生と大学当局は協力して国や世論に訴えていく必要がある」と強調した。

抗議の輪、さらに広がる勢い

 拡大する学費値上げの動きに危機感を抱き、集会で意見表明したのは、学校側が学費値上げの方針を打ち出した大学の学生ばかりではなかった。

「学費値上げ反対全国学生ネットワーク」主催のスタンディングデモ。近くの議員会館で行われた集会と連動し、屋外でも抗議活動が行われた=東京都千代田区の国会議事堂前で、立教大・宇野美咲撮影

 静岡大人文社会学部の男子学生(18)は、昨年の東大の学費値上げ反対運動についてニュースで知り、自校も例外ではないという危機感を抱いたことから集会に参加したという。同大学では一部の教員が値上げの必要性に言及する動きはあるものの、大学の方針として打ち出されてはいない。同学生は今後の動きを注目し、必要があれば署名活動などを行う団体を立ち上げることも検討していると話した。

 短期間で多くの学生が賛同し、会場が満員になると同時に、屋外でも抗議活動が行われた今回の学生集会。今回の集会実現にも奔走した東大の佐藤さんは「1月に共同開催の提案を受けてから、たったこれだけの期間でこれだけの人が集まったことにはっきり言って驚いている。それだけこの問題が根深く差し迫った問題であること。潜在的に問題意識を持っている人が多いことの表れだと感じる」と率直な感想を述べた。

 成果に自信を得た東大の学生らは、今後も学内外でさらに活動を強化していく考えだ。佐藤さんは、集会に賛同し、参加した全国の学生に向かって「ここで経験したことやできた人間関係を元にして、参加したみんながそれぞれの大学で具体的なアクションを起こしてほしい」と呼びかけた。

寒空の下、4時間にわたって行われたスタンディングデモには、100人近くが参加した。学生たちはマイクを回し合い、当日参加できなかった人の分も抗議の声を上げた=東京都千代田区の国会議事堂前で、明治大・山本遼撮影
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