読見しました 善と偽善

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 「やらぬ善よりやる偽善」という言葉がある。ネット掲示板が発祥とされるこの言葉は、たとえ本心は自己利益の確保が狙いの行いでも、実際に行動に移している分だけ、行動が伴わない「善」より価値があるという意味だ。

 大学ではこの偽善とやらがまん延しているらしい。ボランティアをする。NPOを立ち上げる。社会問題に立ち向かう。そういう「善行」に精を出す学生は結構多い。でも驚いたのは、実は就職活動で好印象を得るための手段、という学生がいかに多いかということだ。これは、本音と建前の使い分けがまかり通る社会の縮図ではないか。

 もちろん、自身のキャリア形成のための行動を批判したいわけではない。「やる偽善」でも社会で役立つのは確かだろう。しかし、偽善と善はやはり違う。表面上は人のため、社会のためと言いながら、本当は自身の将来のためなのに、声高にあたかも本心から問題に関わっているように話すのを聞くと、私は強い違和感を覚えるのだ。

 同時に、この違和感を自分に当てはめてみる。なぜ、私は学生記者をやっているのか。記事執筆を通して誰かのために、社会のために貢献したい思いは強い。でもかすかではあるが、この活動を自分自身のキャリア形成のために役立てたいという思いもある。これが俗にいう、汚い大人たちへの一歩なのかもしれない。【中央大・朴泰佑、イラストは上智大・古賀ゆり】

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