ここからfrom現場 引退競走馬に新たな舞台を 麻布大馬術部 長い目で再調教(古賀)

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 華やかな大レースに注目が集まる競馬の世界。しかしレースを引退した馬たちの受け入れ先が少ないことが、アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から問題となっている。そんな中で、引退馬たちを積極的に受け入れ、馬術競技向けに再調教する取り組みを進めているのが麻布大馬術部だ。引退した競走馬を引き取るだけでなく、新たな活躍の機会を確保しようと挑戦を続ける現場を取材した。【上智大・古賀ゆり、写真は千葉大・谷口明香里】

 同馬術部は、相模原市の麻布大キャンパス内に厩舎(きゅうしゃ)と練習場を持ち、現在、17人の部員で13頭の馬を飼育している。そのうち10頭が、中央競馬のレース引退後に同馬術部が直接、または間接的に引き取った引退馬だ。部員たちは、こうした馬たちを、馬場馬術、障害馬術、総合馬術という三つの種目で活躍できるように再調教し、練習を重ねている。

 再調教には長い時間と手間が必要だ。引退馬はまず、通常2~3年かけて基礎的なトレーニングを行いながら、どの種目に適性があるのかを慎重に見極める。そしてその後に、競技会出場に向けた本格的な練習を行っていく。主将を務める獣医学部4年の藤野桃子さん(21)は「引退馬は小さい頃から速く走ることに特化した調教を受けてきた。こうした馬にいきなり障害馬術や馬場馬術での動き方を教えると混乱する。長い目で見て、丁寧に再調教することが大切だ」と話す。

 馬術競技に不可欠な、馬と騎手との信頼関係を築く上でも、引退馬ならではの難しさがあるという。騎乗技術が不足していたり、馬の気持ちを馬の動きから察知することができなかったりすると、馬は乗り手の指示に従ってくれない。部員で同学部4年の長谷川尚哉さん(21)は「下級生の頃に担当した馬を調教中、その馬が元々の競走馬らしさを出してしまい、一目散に走り出して収拾がつかなくなることがあった」と振り返った。

厩舎を建て替え快適に

 再調教は大変だが、その分、やりがいも強く感じるようだ。ちょうど取材日に藤野さんが練習で騎乗していた騸馬(せんば)(去勢された牡馬)のテスタメントも引退馬で、2017年に同馬術部が引き取った。藤野さんはテスタメントをいとおしそうに眺めながら「思うように障害を跳ばなくなってしまった時期もあったが、指示の出し方や準備運動の方法などを試行錯誤した結果、今ではすんなり跳んでくれるようになった」とうれしそうに話した。

 引き取る馬の中には、競技に向かないと判断される馬もいる。こうした馬や、高齢になり競技に適さなくなった馬も見放さず、部内で下級生の練習馬として利用したり、大学の体育の授業で乗馬に使ってもらったりしている。

 また同馬術部では、引退馬を受け入れるだけでなく、馬が過ごしやすいような環境づくりにも力を入れている。20年に厩舎を建て替えた際には、設置する扇風機の数を増やし、壁には断熱加工を施した。そのため、季節を問わず馬にとって快適な室温を保てるようになった。

 また、トレーニング後の馬に飼料だけでなく自生している草も食べさせるなど、設備以外の面でも馬のストレス軽減のための工夫を行っている。

 馬術部での活動は学びにも還元される。部員で生命環境科学部2年の壱岐千紗希さん(19)は「学年が上がり研究室に所属したら、馬の脚のけがの痛みを緩和させ、さらに回復にも役立つサプリメントについて研究したい」と話し、飼育している馬たちの生活の質をさらに向上させようと意気込んでいる。

 ただ、同馬術部のように配慮の行き届いた環境でセカンドライフを送れる引退馬はまだ限られた存在だ。競馬用の馬は国内で年間7000頭生産されるが、一方で毎年、数千頭がレースを引退していく。このうち、国内の乗馬クラブや大学馬術部などに払い下げられ、安住の地を得る馬は一握りで、最終的に使い道がないと判断された馬は食肉用などに殺処分されているのが現実だ。

潜在力引き出したい

 同馬術部の宇野昭浩監督(60)は「ほとんどの馬は、トレーニングに適した環境で適切なしつけを受ければ、障害馬術などの競技に使ったり、練習馬として使ったりすることができる状態になる」と話す。時間はかかっても、こうした地道な努力が社会で尊重され、引退馬の受け入れ先が増えることでしか事態打開の道はないように思う。

 部員たちも引退馬を再調教し、違う舞台で再び輝かせる取り組みに社会的な価値と手応えを感じている。その上で藤野さんは「馬のポテンシャルを引き出せるように練習し、11月の全日本学生馬術大会で結果を残したい」と今後の目標を力強く語った。

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