今年5月、中度の弱視と視野狭さくという視覚障害のハンディキャップを乗り越えて、行政書士として開業した現役大学生がいる。駿河台大学法学部3年の平田紳次さん(20)だ。どんな思いが難関試験の突破を可能にしたのか。また合格するだけでなく、卒業を待たずに「街の法律家」として実務に携わることにしたのはなぜなのか、平田さんが抱く思いを取材した。【国士舘大・太田響】
平田さんが法の世界を志したのは、中学生時代に寄宿舎付きの盲学校に通っていたころだった。朝早くから夜遅くまで、規定の勤務時間をはるかに超えて仕事に追われる教師たちの過重労働の実態を間近に見て、心を痛めていたという。そして「この状況を改めるには世の中の仕組みをどうすればいいか」を考えたことが、法律に関心を持つきっかけになった。
電子教材駆使し難関突破
平田さんの弱視は生まれつきで、右目は眼鏡をかけても文庫本の文字を読み取ることが難しく、左目は「目の前で動かされた手が、かろうじて認識できる」具合だという。また夜間はさらに視力が低下し、外出すると「街灯がついていても目を閉じて歩いているイメージに近い」という。
このため普段の勉強も、文字の細かい印刷物の教材は利用しづらく、学校などではパソコンやスマートフォンなどのデジタル機器で読めるよう配慮を依頼している。画面上なら自分で文字を拡大したり、白黒反転させ背景を黒、文字を白にしたりして読み取りやすくすることが可能だからだ。https://c014cd73a258cea6283ff43370577d6d.safeframe.googlesyndication.com/safeframe/1-0-38/html/container.html
そんな平田さんが大学での学業と並行して、行政書士を目指したのは昨年6月ごろ。電子教材を頼みに本格的な試験勉強に着手した。科目は憲法、行政法、民法、商法など。試験は特例措置の適用で、拡大サイズの問題用紙が用意される。ただ「問題文を素早く読み下すことができず、何を問われているのか理解するのにはどうしても時間がかかる」という課題は、自力で何とか克服するしかなかった。
試験の本番は同11月。試験時間は健常者と同じ3時間だったが、平田さんは見事に突破した。合格率は11%だったといい、「自分が合格できたことは奇跡のように思っている」と振り返った。https://c014cd73a258cea6283ff43370577d6d.safeframe.googlesyndication.com/safeframe/1-0-38/html/container.html
新たな世界見たくて
合格後も、平田さんの歩みは止まらなかった。開業に向けた準備を進めて約半年後、平田さんが家族とともに住む東京都昭島市に隣接する同八王子市に事務所を構え、行政書士として開業した。
行政書士の業務は、他人の依頼に基づき報酬を得て官公庁の許認可書類を作成したり、申請手続きなどを行ったりすること。大学在学中に開業する道を選んだ理由として、平田さんが真っ先に挙げたのは自らの性格だ。合格は確かに大きな前進だが、「せっかくなら開業して、新たな世界に足を踏み入れてみたかった。何ごとも中途半端は嫌いなタチなんですよ」。平田さんは笑みを浮かべながらそう話した。
もう一つの理由は「自分と同じような視覚障害者の支援や、起業を目指す若者の挑戦を支援したいと思った」ことだった。視覚障害者自身が何かを申請するときには代筆が必要で、団体が補助金の申請などを行う際には、数々の書類作成や行政手続きが必要になる。また会社設立の際は、定款や資本金決定書などさまざまな書類の作成が必要だ。こうした各種書類の作成や確認、申請の代行を行う事務所の設立を目指すことにした。
事務所は、オンラインでの来客対応をメインに考えたことと、費用を抑えたかったためシェアオフィスを選んだ。見学から契約まで平田さん一人で行ったという。家族も平田さんの挑戦を応援してくれた。平日は学業の傍ら、空き時間を使って5時間ほど業務に取り組んでいるという。「大変だが、大変なことをしている方が好き。忙しい今が楽しい」と平田さんは話す。
さらに弁護士目指す
仕事の上で大変なことはもちろんある。特に文字サイズが小さく行間が狭い書面や、不正防止用紙で印刷された書面などは扱いが難しい。こうした書面は、時間がかかってもスキャナーにかけてパソコン上で見るようにしているという。
仕事の手応えは、徐々につかみつつある。依頼者から業務に関して質問を受けた際、必要事項にだけ答えるのではなく、知っておいた方がいいと考えた情報をプラスして助言するようにした。「親身に相談に乗ってくれた」という感謝の言葉が忘れられない。「ありがとうと伝えられて、人のためになる仕事なのだと実感できた」と平田さんは語った。
現役大学生にして行政書士開業という新たな道を切り開いた平田さん。同じようにハンディキャップを抱える若者に向けてこう語った。「何事も諦めないでほしい。何事にも首を突っ込んでほしい。マイナスな部分を見つけても諦めるのではなく、視野を広げて補えるような何かを見つけて挑戦してほしい。気合でやれば何とかなる」
平田さんは行政書士としての経験を積みながら、今度は司法試験の合格を目指して勉強を続けていく。将来は「労働・福祉関係の法務に携わる弁護士になりたい」という。平田さんの今後の活躍も見逃せない。