早稲田大学(東京都新宿区)の早稲田キャンパス構内に10月開館した国際文学館(村上春樹ライブラリー)。同館の中に、早大生が経営するカフェ「橙子猫(オレンジキャット)」が同時オープンした。卒業生で作家の村上春樹さん(72)は学生時代に夫婦でジャズ喫茶を営んでおり、「学生に自分の追体験をさせたい」という思いを受けて実現した。大学施設の経営を学生に一任するのは、同大創設以来初の試みだ。
同文学館地下1階、本のトンネルを抜けた先にあるカフェに入ると、コーヒー豆の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。白を基調とした開放的な空間では、コーヒーカップを片手に読書をたしなむ年配男性や、会話に花を咲かせる女性、並べられた書物に手を伸ばす学生など、老若男女の客が思い思いの時を過ごしていた。
店内には、舞台「海辺のカフカ」で使用された美術装置や、店名の由来である村上さん夫妻経営のジャズ喫茶「ピーターキャット」で実際に弾かれていたグランドピアノが展示されている。Bunkamuraや村上さんの友人から寄贈されたものだ。「ユニークなカフェ」と人づてに聞いて訪れたという学生は、「館内に再現された村上さんの書斎が席から見えた」とカフェ独特の雰囲気を楽しんでいた。
3人の学生経営者の中でリーダーを務めるのは、同大教育学部3年の市原健さん(21)だ。経営者募集の案内はSNSで知った。厳選されたコーヒー豆を専門に扱うカフェで働いていた自身の経験と、「コロナ禍でも何か新しいことをやりたかった」という思いから応募を決意。今年3月、約60人の応募者の中から登用された。開店までの準備期間は約半年。初期に大学側と業務委託契約を結ぶ事務処理を終えると、コーヒー豆の取引先確保やメニュー開発、アルバイトの採用面接まで、市原さんら3人の仕事は多岐に及んだ。
オープン後の売上金の管理や食材の発注、店内の衛生管理などの運営も全て学生に任されている。大学周辺のカフェに協力を仰ぎ、指導を受けたという。
コーヒー(税込みで1杯500円)は、アルバイトの学生が1杯ずつ手作業で提供する。「同じ味を作るのには苦労している」と市原さんは漏らすが、プロの指導と協力を得て、味のばらつきを生まない工夫とトレーニングを重ねているという。ホットサンドの商品名は、どれも村上さんの小説タイトルから名付けるなど、作品の世界観を崩さずコアな村上ファンにも喜んでもらえる工夫を凝らしている。コーヒーゼリーパフェを注文した学生は「そこらのカフェよりもおいしい」と満足感を示した。
市原さんら学生経営者が目指すのは、「新しい物語が生まれる場」を作ること。知らない空間に一歩足を踏み入れて、知らない人と語り合う。「新たな物語」を探しに「橙子猫」を訪れてみてはいかがだろう。【早稲田大・榎本紗凡(キャンパる編集部)、写真は早稲田大・尾崎由佳(同)】