性教育について考えたことはあるだろうか。「恥ずかしい」「難しそう」と敬遠されがちなこのテーマを身近に感じてもらえるよう、若者の感性に訴える手法で発信を続ける大学生がいる。慶応大総合政策学部3年の中島梨乃さん(20)だ。性教育を学ぶ大切さとは何か。中島さんに思いを聞いた。【国学院大・原諒馬】
2019年ごろから「性教育プロデューサー」を名乗る中島さん。活動は、性について学べるサイトのQRコードを大学内のトイレの壁に張ったり、容器に「性をヘルシーに語れる世界へ」などと印字されたタピオカドリンクを大学周辺で配ったりと、従来の「教育」の概念とは一線を画す取り組みが多いのが特徴だ。「大切なのは、無関心層に興味を持ってもらうこと」。学生が関心を持つことや、みんなが使うものと絡めながら、考えるきっかけを提供している。
昨年9月からインターネットで配信されている、性に悩む高校生を題材にしたドラマ「17.3 about a sex」(ABEMA、現在でも視聴可能・全9話)では、中島さんの活動を知った脚本家から依頼されて台本の監修を担当。ハグやキス、セックスの前には必ず相手の同意をとる男性像を描くなど、従来の恋愛ドラマとは大きく異なる内容だ。SNS(ネット交流サービス)では若年層から「私の気持ちを言葉にしている」「このドラマで学んで、初めて大人になれた気がする」と作品を評価する投稿が寄せられている。
中島さんが性教育に関心を持ったのは中学生の頃。当時付き合っていた相手から性に関する誤った情報を基に関係を迫られたが、適切に対処できずに自分を責め、深く傷ついたことがきっかけだった。ネットなどで情報収集をすると、同じように性知識の不足が原因で、悩む人が多いことが分かった。調べるにつれて「自分と同じように知識のなさから傷つく人を減らしたい」との思いが増し、知識の習得に励んだという。
高校から本格的に
活動を本格的に始めたのは高校生から。イベントなどを開催する傍ら、SNSを中心に男女を問わず同じ学生からの相談にのってきた。そんな中島さんだが、性に関する相談を受ける際には気をつけている点が二つあるという。
一つは、プライベートな話を強要しないこと。過去の経験を掘り返されたら嫌な気持ちになる人もいる。そのため初めて会う人とは、相談内容に関連する社会問題を話題にして、まず関係構築に努める。そしてもう一つは、話しづらい雰囲気にしないこと。「恥ずかしいことだととらえさせてしまうと、悩んだ時に抱え込んでしまうかもしれない。この点には注意を払っている」と話す。異性・同性にかかわらず、性に絡む話をする際は、信頼関係や同意を尊重しながら、相手を思いやることが大切、ということだろう。
やりがいは、性教育に関心を持つ人の増加を肌で感じること。SNSで、性に関する正しい知識や対等な関係の大切さを堂々と発信する若い年代が増加し、情報が共有され、より性教育が身近になっているのではないかと中島さんは推測する。また教育界の動きにも注目しているという。文部科学省は4月16日、小中学校などでの性に関する新授業「生命(いのち)の安全教育」の教材を発表した。デートDV(ドメスティックバイオレンス)など現代社会の異性トラブルにも触れ、より相手を尊重する内容に刷新。日本の性教育に変化が訪れている。
ただ、「学校のみに性教育の責務を押し付けるのは限界がある」と中島さんは指摘する。そこで性に関する正しい知識を若者自ら得やすくなるよう、環境整備にも着手した。
ネット検索適正化を
その一つが、インターネットでの情報検索の適正化だ。同30日には有志らと厚生労働省で記者会見を開催。検索エンジンの運営会社や国に対し、性の正しい知識を安心して得られるサイトが、検索結果の上位に表示されるよう対応すべきだと訴えた。
背景には、若者の多くがネットで性の知識を得ようとするが、中には誤った情報を発信するサイトも多い現状がある。記者が大手検索エンジンで「セックス」や「避妊」のワードを打ち込むと、アダルトサイトや真偽不明の情報が掲載されたサイトなどが上位に出てきた。中島さんは「みんなが必要な時に求める知識を得られることで、誤った情報をうのみにして、性で傷つく人が減るのではないか」と期待する。
新型コロナウイルスが流行する直前は、性教育と音楽フェスティバルを絡めるイベントも計画していた。感染が収束したら、参加者が対面で性について話し合うイベントなどから再開していく予定だという。
記者も高校生の時、友人たちから痴漢や生理の悩みで相談を受けた際、話を聞くことしかできなかった。知識があれば不安を和らげたり、解決の糸口を見つけたりすることができたのではないかと、この取材で気づかされた。「正しい知識を身につけることで、自分だけでなく周りの人、大切な人を守ることができる。今持っている知識を疑ったりしながら、考えてほしい」と中島さんは話す。