東北に触れる「きっかけ食堂」「忘れていない」若者の強い思い

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2021/2/24 10:27 毎日新聞デジタル

 東日本大震災が発生して3月11日でちょうど10年となる。巨大地震と大津波、そして原発事故という未曽有の複合災害に見舞われた東北地方。被災地が負った傷は深かったが、この10年の間、地域再生と復興に向けた取り組みは、たゆみなく続けられてきた。大地に根ざし、いのちを育む農業など、第1次産業に地域再生の願いを託す生産者と、その生産者と連携し、被災地に関わり続けようとする人々。乗り越える壁は高くても、挑戦を止めず、歩み続ける彼らの思いを紹介する。

縁もゆかりもなかった若者が

 毎月11日、東北の食材を味わい、東北に思いを寄せる「きっかけ食堂」が開店する。その運営メンバーのほとんどは、10年前の東日本大震災発生当時は東北に縁もゆかりもなかった若者たちだ。

 「今からお肉を焼いていきますよ! とてもいい香りが漂っています」。2月11日、オンライン開催された「きっかけ食堂@東京」で取り上げたのは、宮城県栗原市。メンバーが都内の会場で地域の食材を調理する様子などをライブ配信。サシの入ったぜいたくな「漢方三元豚」をはじめ、10種類の地元産食材が入ったバーベキューセットを紹介した。

 きっかけ食堂では、メンバーそれぞれの思い入れのある場所を紹介する。栗原市は、同食堂では初登場の内陸地域だ。ボランティア活動や大学の研修で現地に滞在経験のある2人の学生メンバーが中心となって企画。食文化や滞在先での思い出など地域の魅力をたっぷり語った。「食堂を訪れるのは、東北が大好きな人ばかり。今回のバーベキューセットも実際に買ってくれる気がして、丁寧に取り上げることを心がけた」と、江上ふくさん(立教大・3年)。1時間で常時約50人が視聴し、コメント欄は食堂の常連さんの応援メッセージなどで盛り上がった。

 きっかけ食堂の始まりは2014年5月。当時立命館大2年で、高校生の時から被災地の復興支援ボランティアに従事していた経験を持つ原田奈実さん(26)=NPO法人「きっかけ食堂」代表=が、ボランティアで出会った大学の同期生2人と立ち上げた。「東北と関わり続ける場を提供したい」という思いで活動を絶やさず約7年。なじみの生産者から旬の食材を調達し、おすすめの食べ方を聞いて来店客に振る舞う。売り上げは活動資金に充てている。

 京都で始まり、現在では東京、愛知など9拠点まで拡大。約20人の運営メンバーは学生と社会人が半々で構成されている。

2020年2月のきっかけ食堂。岩手県宮古市の海の幸についてお客さんに語る弘田さん=東京都千代田区の会場で
2020年2月のきっかけ食堂。岩手県宮古市の海の幸についてお客さんに語る弘田さん=東京都千代田区の会場で

 設立当初から一貫しているのは、震災の月命日に食堂を開くこと。もちろん震災を踏まえての取り組みだが、直接的に「震災を考えよう」と言わず、「みんなで東北のおいしいものを食べよう」と呼びかける。「食」を入り口にすることで誰もが参加しやすく、まさに東北に触れる“きっかけ”の提供を目指している。

 大事にしているのは「3・11を忘れていない」という強い思いだ。「東北が忘れられていくのかな。そうつぶやく被災地の方々に対して、忘れていないよ、大好きだよという気持ちを届けたい」と原田さんは語る。

 原田さんが初めて被災地を訪れたのは12年2月、同県石巻市へのボランティアツアーだった。大学進学後も毎月1度は訪れ、行くたびに迎えてくれる現地の人の温かさや強さにひかれていった。「震災はもちろんつらい記憶。でも私にとっては大切な人たちに出会えたきっかけでもあります」

 ただ昨年は、新型コロナウイルスの影響で実際に人が集う食堂が思うように開催できていない。東京拠点では、ほとんど全てオンライン配信。みんなで食を囲むことはかなわなくても、「楽しく東北に関わる、というのがモットー。見ている人が楽しめるような企画作りを心がけています」と、高梨育臣さん(大正大・2年)。イベントのために買った自撮り道具で、臨場感あふれる調理の中継を届けた。離れていても会えなくても、メッセージは変わらない。

 大切な人たちへ恩返しがしたい。東北の「おいしい」を届けたいという、生産者のこだわりを生かしながら作りあげる食堂は、画面越しにも温かさが伝わる。「栗原市で食べた『しそ巻き』という郷土料理が本当においしくて」と江上さん。笑顔いっぱいに自分の言葉で紡ぐ食リポは、ライブ配信を通して東北の応援となる。

 20年2月にはNPO法人化し、より深いつながり方も模索している。「きっかけツアー」と称して現地訪問の機会を作ったり、自治体と連携して移住・関係人口促進事業を行ったり。東北へ行きたい、仕事をしてみたい、といった多様な関わり方を提示している。

 今年度は、課題解決のために地域外の人材を呼び込みたい岩手県宮古市が「遠くにお住まいでも、複業で宮古とお付き合いしてくれませんか」と呼びかける「遠恋複業課 in 宮古」の企画運営を担当。地元特産の海藻「アカモク」の生産共同組合と、フリーで料理教室などを主宰する首都圏在住者とのマッチングが成立する見込みだ。今後アカモクのレシピ開発を行い、その魅力をPRしていく。「ビジネスというより好きでつながるのがきっかけ食堂の魅力。新しい形が作れてきた」と事務局長の弘田光聖さん(26)は手応えを語る。

 人が帰ってこない沿岸部の地域。事業をたたむことを考える水産加工会社。被災地の現実はいまだに厳しい。そうした諸課題の解決にも自分たちらしく貢献できるのではないか。きっかけ食堂はさらに踏み込んでいこうとしている。

オンライン取材で「きっかけ食堂にぜひ気軽に来てほしい」と話す原田さん(右)と弘田さん(左)
オンライン取材で「きっかけ食堂にぜひ気軽に来てほしい」と話す原田さん(右)と弘田さん(左)

 「一度は全てがゼロになってしまった被災地をフィールドに活躍する人は常に未来を見つめている」と弘田さん。ためらいがちに、こう言葉をつないだ。「そんな人たちが面白くて尊敬していると同時に、大好きなんですよね」

 東北とのつながりを生み出してきたきっかけ食堂。好きを通じたつながりを、震災から10年たった今こそ大事にしたい。しばらくはオンライン開催や人数制限を設けながらも、毎月必ず開店する。「次はお客さんとして来てくださいね」。メンバーから記者に向けられた言葉は、きっと東北に関わりたいと思う全ての人へのメッセージだ。11日のきっかけ食堂(https://kikkake-syokudo.org/)を訪れてみませんか。【上智大・川畑響子】

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