高校の入学祝いとして家族から買ってもらった腕時計。銀色に光るそれは大人の証しのよう。大学生になっても、毎日共に過ごす大切なものだ。だが、そろそろ新しいデザインのものが欲しくなってきていた。
ある日、いつものように腕に時計をつけようとしたが見つからない。カバンの中やポケットなど隅から隅まで捜しても、一向に出てこない。
それから探し物の日々が続いた。左腕が「からっぽ」なのをみると、喪失感でいっぱいになる。高校時代、雨の日も風の日も共に自転車通学した仲間。ずっと見守ってきてくれたのに。
他の時計に浮気しようとしたのがいけなかったかな。悲しみにくれていると、「時計の方が身を引いてくれたんじゃない?」と祖母が言う。時計を無くしたのは、今は「この子」を使い続けようと決心した直後だったのだ。
そして、それは突然やってきた。1カ月以上たった頃。ポケットの中の定期券を取り出した瞬間、塊がポンッと空を飛び、床に着地した。「え……!」。紛れもなくあの子だ。何度も確認したはずのところから、「ここだよ」と飛び出したのだ。
うれしくて、まるで旧友と再会したように喜んだ。実はポケットの中がどこかにつながっていて、旅をしてきたのかもしれない。
浮気してごめんね。本当に寂しかったんだよ。これからは、どこにいくときも私を連れて行ってね。【早稲田大・廣川萌恵、イラストは昭和女子大・小林千尋】