キッチンカー囲んで たまり場の輪 慶応大院生・柴田雅史さん
大学構内に入りモダンなコンクリート打ちの図書館の前に着くと、視界に飛び込んでくるキッチンカー。「キッチンたまり場」だ。おいしそうなカレーの香りと屋台に陳列された駄菓子の懐かしさに、そこが大学構内であることを忘れる。オーナーで慶応大学大学院1年の柴田雅史さんに、話を聞いた。【筑波大・西美乃里、写真は津田塾大・畠山恵利佳】
キッチンたまり場は、毎週木曜日の午後2時から8時の間に、慶応大学湘南藤沢キャンパス(神奈川県藤沢市)に現れる。名物の「ふじさわ野菜のキーマカレー」(600円)だけでなく、駄菓子なども店頭に並ぶ。
コンセプトは、「独(ひと)りがひとりじゃなくなる」。カレーを味わうも良し、何も買わずに話すも良し、屋台脇に用意してあるベンチで本を読むも良し。訪れる人によって雰囲気が変わりつつ、つい長居してしまうような不思議な空間だ。
活動を始めたのは2016年5月。インドネシアへ一人旅に行ったことがきっかけだった。「大学に入って新しいことをやりたいのに何をすればいいかわからなかった時、仲の良かったインドネシア語の先生が一人旅を勧めてくれた」
その先生のツテで、観光客が行けないような村落に滞在できた。目にしたのは、日本の都心ではあり得ない住民同士の濃いつながり。滞在当時は、海外だとこんなものなのかと思ったという。ところが、帰国すると日本での生活をどこか寂しく感じるように。
インドネシアにあった濃いつながりを日本でも再現したい。大学も柴田さんの熱意にこたえる形で、キッチンたまり場の設営を許可した。
大学構内で学生による定期的な出店を行ったのは柴田さんが初めて。当初は毎週木曜と金曜のお昼と夕方に出店し、カレーを販売していた。店はすぐに繁盛。近所の農家から直接野菜を仕入れ、前日から仕込むキーマカレーは看板商品になった。だが、同時に柴田さんの中で一つの迷いが生じたという。
コンセプトにより合う空間を作るには、食事を出すだけではだめなのではないか。柴田さんが思い描くたまり場は、食品とお金のやりとりをするだけの場ではなかった。2年間悩みぬいた末、今年から営業時間を毎週木曜日の夕方にずらし、駄菓子なども置くようにしている。ふらっと立ち寄れるのに、ゆっくり過ごせる。そんな雰囲気づくりを大切にしているからだ。取材中も、道行く学生たちが立ち止まる。忙しそうに歩いていた姿から一転、「駄菓子だ、懐かしい!」「なにここ、面白い!」とはしゃぐ。たまり場の輪が広がる瞬間を目撃した。
学業でも場づくりに関わっている柴田さん。所属するゼミでは「白岡元気プロジェクト」に携わる。過疎化が進む埼玉県白岡市から委託され、発足した。リヤカーを引きながら地元住民たちの交流の場を設け、活性化のための新しいプロジェクトにつなげている。活動を通じ、キッチンたまり場の魅力を再確認することも多い。「みんなが通りかかるところで、身軽に交流の拠点を作れるという強みがキッチンたまり場にはあるんです」と真剣だ。
しかし、学業との両立は大変。「(両立が)うまくいかないときは、ぐちゃぐちゃした気持ちをノートにガーッと書き出して整理します」と話す。大学院への進学も悩んだが、「たまり場の本質に迫りたい」と学び続けている。
今後はたまり場の活動をもとに、都市の「すきま」にたまり場を生む方法を確立したいと意気込む。たまり場を通じて同じ目標を持つ仲間を増やし、また新しいコミュニティーを生むきっかけにしたいのだという。それと同時に、「(自分のような)場を生んだ人の考え方や価値観が場の雰囲気を左右する」と背筋を伸ばす。
他者からの思いやりを実感でき、また自分自身の優しさも引き出されることで幸せが連鎖する場。それが柴田さんにとっての「たまり場」だ。あめを配ったり、カレーの容器にメッセージを書き添えて渡したり、実現のためのひと手間を大切にしている。
取材後は記者たちもカレーを頂いた。ぬくもりのあるランプに照らされ、同じ空間で思い思いに学生たちが時間を過ごす。帰るころには「すっかりたまっちゃったなあ」なんて、幸福感に包まれるはずだ。
■人物略歴 しばた・まさし
京都府生まれ東京都育ち。慶応大学大学院政策・メディア研究科の1年生。座右の銘は「やるしかないから」。高校の恩師からこの言葉の大切さを学んだ。