すたこら 「ふつう」は本人次第

 昔から、気になることがあれば、自ら現場に足を運んで調べることが好きだった。入管問題であれば国外退去処分を受けた外国人の収容施設に出向いたり、ホームレス支援であれば教会の救済活動に参加したり。疑問解消のためなら、時には海外に行くこともいとわない。

 しかし、コロナ禍で探求の旅は困難に。昨年2月、私は春休みを利用して友人と数カ国を周遊する予定だった。ところが滞在先のイランで感染が急拡大。次の国への出国が難しくなり、消化不良の状態で帰国を余儀なくされた。それ以来、国内ですら気軽に旅はできなくなった。当たり前と思っていたことが、全然「ふつう」のことではなかったことに気づかされた。

 大学生活もそうだ。対面授業という「ふつう」が急になくなった。学びは続けられるのか。不安を感じながら受け始めたオンライン授業だったが、こちらは良い意味で予想が裏切られた。専攻のメディア論の講義、さらには模擬取材体験まで、全てパソコンで完結。「意外とできるじゃん」。少し希望が見えた。自らの目で確かめられなくても、リモートで友達の体験談を聞くだけで、知りたいという欲求はある程度満たされた。

 不安しかなかった、昨春の感染拡大当初。ただオンラインでの学生生活を通じて、何が「ふつう」かという認識は、自分の気持ち次第で変えられることに気づいた。制限が多い環境が「ふつう」でも、貪欲に学んでいきたい。私の知的探求の旅は続く。【上智大・沖秀都】

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