大楽人 不正入試被害、ラップで 36歳現役医大生 crystal−zさん

毎日新聞 2021/3/30 東京夕刊

 2018年に発覚した医学部不正入試問題を覚えているだろうか。複数の大学の医学部入試で女子や浪人回数の多い受験生が差別的な扱いを受け、不合格とされていた問題だ。昨年6月、その被害者の男性が動画投稿サイトのユーチューブで自らの体験を歌詞に織り込んだラップ曲「Sai no Kawara」を公開し、大きな話題を呼んだ。楽曲の制作者は西日本の大学医学部3年生のcrystal-zさん(36)。楽曲に込めた思いや、遅咲きの医師の卵としての暮らしぶりについて話を聞いた。【立教大・明石理英子】

 crystal-zさんは、東京の私立大法学部を卒業後、アルバイトをしながら大学時代に結成したバンドの仲間とともに音楽活動に励んだ。だが、年齢を重ねるうちにメンバーは次々に脱退。「30代に近づくにつれて学びへの欲求がかえって高まり、さまざまな本を読むようになった」というcrystal-zさんも、別の道に進むことを模索。30歳前後で医師になる決意をした。医師を目指したのは「自分が音楽で追求していた、人々の心や体にポジティブな影響を与えるということを、医学でも実現できるのではないかと思うようになった」からだと当時を振り返る。

 こうして医学部への進学を目指し、数年間に及ぶ受験生活を送った。志望していた都内の大学への合格を逃すも、18年に現在在籍している大学に合格。苦しい受験生活を支えてくれた恋人との結婚も決まったが、大学が恋人の勤務地から遠かったため、離れて暮らすことになってしまった。

「Sai no Kawara」のミュージックビデオに登場するcrystal-zさん制作のアニメーション。映像や歌詞の中にはさまざまなメッセージが隠されている=本人提供
「Sai no Kawara」のミュージックビデオに登場するcrystal-zさん制作のアニメーション。映像や歌詞の中にはさまざまなメッセージが隠されている=本人提供

 本来合格していたはずの東京医科大学と順天堂大学の医学部を、得点操作で不合格にされていたことが分かったのは、大学入学から数カ月たってから。実際には不当な措置で不合格にしておきながら、面接では「再受験生の入学を歓迎している」と試験官が笑顔で言ったことが脳裏によみがえった。「不正発覚後も大学側の対応に誠意が感じられず、今まで悔しい思いをしてきた人たちの分まで、差別が隠蔽(いんぺい)されている現状に対して声を上げなくてはと思った」と話す。そして19年に損害賠償を求めて順大を提訴した。

 裁判開始にあたって記者会見を開き、年齢による差別を受けた自らの体験や思いを訴えたが、大きく報道されることはなかった。裁判は現在も継続中だが、どうすれば社会に向けて自分の声を届けることができるのか。そう考えた時に、自分の問題意識を自由に表現できる手段が長年慣れ親しんだヒップホップであることに気づいた。そして誕生したのが「Sai no Kawara」だ。むなしい努力のたとえである「賽(さい)の河原の石積み」がタイトルの由来になっている。

 この楽曲では、心地よい緩やかなビートにのせて、自身が所属していたバンドの解散から医学部合格までの出来事がラップによって歌われている。そして最後には、不正入試問題のニュースの一部や不正発覚について大学側が弁明する音声が流れるといった驚きの結末を迎える。動画への反響は大きく、再生回数は113万回を突破。コメント欄には、crystal-zさんが陥った境遇に怒り、訴えに共感する声があふれた。受験生時代の厳しい生活や受け入れがたい事実が、優しい曲調の中で語られており、記者の心にも強く響いた。

 現在、crystal-zさんは病気の検査や診断を担う病理医を目指して大学で学んでいる。病理医は職業寿命が比較的長いと言われており、また何かを突きつめることが好きな自分にぴったりの職種だと思い、志望したという。15歳前後も年下の同級生との学生生活について尋ねると、「趣味の合う友達ができてからは年齢を気にせず毎日楽しく過ごしている」と笑顔で答えてくれた。

 そして今年1月には、新曲「rope5」がユーチューブで公開された。この楽曲には、妻と離れて暮らす毎日から、新型コロナウイルスの流行による自身の環境の変化までが描かれている。また、曲の最後では長男が誕生したことが明かされる。「大きな事件が起こっても、その事件の当事者のその後を知ることはほとんどない。『Sai no Kawara』が日々報道されている事件に目を向けるきっかけになれたとしたら、『rope5』は事件のその後に思いをはせるきっかけになればと思い、曲を作った」と語った。

 医大生であり、ラッパーであり、父であるcrystal-zさんの今後の目標は、属性だけで人を判断せず、十人十色の可能性を踏まえて患者と接する医師になること。「蓄えた知識や磨いた技能を生かして、自分らしい形で患者さんや医学に貢献することができれば」と話す。また、音楽活動については「自分にしか表現できない音楽に、価値を見いだしてくれる人がいるのであれば、続けたい。もし可能ならば、ライブイベントへの出演やアルバム制作を通して、音楽を届けたいという思いもある」と夢を膨らませた。

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