すたこら 卒業/上

すた・こら
石脇珠己さん

春は旅立ちの季節。「キャンパる」に集う学生記者の大学4年生たちも、一人一人、新たに見つけた自分の道を歩み出す。「キャンパる」に参加して何に出合い、何を身につけたのか。卒業生たちに、今思うことを書き残してもらった。

本質見つめ続けて 上智大・石脇珠己


 先日、高校生の頃の日記を見つけた。「どこにも属せず、誰とも分かり合えない。いまだに自分のことを確定的な言葉で語れないのが、子どもみたいだ」。当時アイデンティティーに悩んでいた私の、青く切実な声だった。実際、昔から自己紹介が苦手だ。私を構成するどの要素を選んでも、完全な私ではない気がした。自分をラベリングするのは難しい。

しかし、就職活動は待ってくれなかった。いやが応でも自分で自分を説明し、アピールしなければならない。自己紹介が思いつかず、飲んでいた炭酸水の話をした日もあった。苦労の末に手に入れた、最も分かりやすいラベルが「内定」だった。

 ラベルは私を安心させた。自分を定義するものができたようだった。ラベルに収まらない「私」を切り捨てれば、簡単に自分を説明できる。右往左往して決めた進路も、一本道を歩いてきたかのように。だが、かつてあれほど悩んだのは、己の全てを取りこぼさず、ありのまま捉えようとしたからではなかったか。

春から社会人になる。自己紹介を求められれば、仕事の話を、まるでそれが私そのものであるかのように話すだろう。いつか、ラベルが本当の私だと疑いさえしなくなる日がくるかもしれない。だから、その前に書いておきたいのだ。どうか、本質を見つめ続けることを、諦めないでいてほしい。

実像に迫る問いを 津田塾大・森川葉の音

森川葉の音さん

寺山修司は「偉大な質問になりたい」と語ったという。常に社会を問い続ける、みずみずしい存在でありたいと。他方、レイチェル・カーソンは、自然の神秘に目をみはる力を「センス・オブ・ワンダー」と名付けた。知識を得るための質問よりも、震える心の琴線が尊いのだと。

一方で私は、自分が人に投げかける質問が好きではなかった。大学の授業や学生発表で4年間、「良い」質問をしようと心がけてきた。自分なりの視点で内容を捉え直したり、語られなかった部分を深掘りしたり。それを評価してくれる人もいたし、自分でも強みだと思っていた。

 それでもどこか、おごりや打算を感じていた。私の質問は、自分の知識や考えを示して評価されるためのもの、より具体的に言えば、良い成績を取るためのものになっていたからかもしれない。質問をした時点で満足し、相手の回答に向き合いきれない。そこには、寺山の質問の鋭さも、カーソンの達観もなかった。

どちらの姿勢も魅力的に思えるのは、それが他者の考えを受け止めた上で、自分の立場を示しているからではないだろうか。声をあげないと埋もれてしまう競争社会で、私はこれからも自分のことばかり考えてしまうだろう。でも、相手の実像に迫るために問いかけることも耳を傾けることもできる、そんな本当にかっこいい人に、私はなりたい。

「信頼」を見いだす 明治大・山本遼

山本遼君

春で24年目を迎える人生を振り返ると、目に入るのはあっちこっち行ったり来たりのでたらめな道。「見てみたい」「知りたい」という気持ちの赴くまま歩いてきた。「キャンパる」に参加したのも、学生でありながら本職の人たちに挑むかのような活動のあり方にひかれ、そこで何を知ることができるのか、確かめたいと思ったから。活動を知ったその日に応募した。

 入会してからの取材活動の根底には、「人を信頼したい」と思う気持ちがあった。旅先での経験から、困った人がいる時は、手を差し伸べてくれる人がどこかにいることを、身をもって知ったからだ。社会の中にその信頼感が見いだせるか否か。取材し、記事を書くことで私自身が確認したかったのかもしれない。

 春からは放送番組制作の道に進む。これからも、人や社会が信頼できるものなのか確かめ続けたいし、たとえ分かりやすい物語ではなくても、ありのままの人間の姿を伝えていきたい。

 これまで取材した人たちの多くはさまざまな問題で「おかしいと思うことはおかしいと言いたい」と声を上げていた。私自身も、保身のために自分で自分をだましていないか、口をつぐんでいないか、自問し続けたい。将来、この文章を見返したときに満足していなくてもいい。でも、自信を持てる人でありたい。

「いつか」を夢見て 上智大・脇坂葉多

脇坂葉多君

小学校の道徳の授業で「将来の夢を書きましょう」と先生に言われた時、何と書けばいいか途方に暮れ、周りの人に合わせてやったこともないのに「サッカー選手」と書いた。

 私はいつもそんな生き方をしてきた。流されるように道を選び、挑戦することよりも諦めることの方が得意になった。人生に夢が足りなくて、いつからか甲子園を見ることが苦しくなった。身を粉にして一つの夢を追う球児たちの姿を見て、自らの欠乏を自覚する時ほど惨めな瞬間はない。「自分だって」と奮起して、いくつかのことに身を投じてはみた。しかしその度に怠惰と冷笑と才能の欠如によって道を阻まれてきた。

 沢木耕太郎は「敗れざる者たち」で「人間には、燃えつきる人間と、そうでない人間と、いつか燃えつきたいと望みつづける人間がいる」と書いた。私も望んでは諦め、望んでは諦め、しかし望み続けてきた人間の一人だ。来ることのない「いつか」を、愚鈍にも望み続けている。そうしなければ、もはや生きる意味すら見失ってしまいかねないのだ。

 春からは報道記者になる。なぜ書くのかと問われれば、いつかきっと、自分の人生のすべてを燃やし尽くして、書かなければならないことができるからと答えるしかない。いつか生きていくことすら諦めてしまわないために、漂着した先で、今私はそんな夢を見ている。

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