1日の改正民法施行による成人年齢の引き下げと少年法改正に伴い、市民が刑事裁判に参加する「裁判員」に選ばれる年齢も、20歳以上から18歳以上に引き下げられた。18歳で「人を裁く」責任を負うこれからの若者層は、必要な知識をどう身につければいいのだろうか。裁判員制度への理解向上に取り組んできた飯(いい)考行・専修大学教授に伺うとともに、小中高生向けの法教育拡充を目指す学生たちの取り組みを取材した。【明治大・奥津瑞季】
法教育の拡充 専修大・飯教授に聞く
同大で法社会学ゼミを担当する飯教授は2014年から、裁判員に興味のある市民が裁判員経験者や現役の裁判官、弁護士と交流できる「裁判員ラウンジ」を開設。同ゼミの主催行事として、同大神田キャンパスなどで年に4回、開催してきた。新型コロナウイルスのまん延で一時中断したが、オンライン形式で一昨年6月に再開している。
毎回20人ほどの参加者は、法を学ぶ大学生や大学院生が多いが、高校生が参加することもある。裁判員経験者の話に耳を傾け、貴重な経験を共有できる機会として、毎回大きな反響があるという。
裁判員選任年齢の引き下げについて、飯教授は「参政権はすでに18歳以上が持っているので、裁判員もこれに合わせ、国政と同様に司法手続きに若い人が参加できるようにする意義がある」という。ただ裁判員は、被告人の一生を左右し得る責任の重い仕事であるため、「中学や高校の段階で基本的な法律の知識を学び、事実を踏まえて物事を公正に判断する力をつける必要がある」と話した。
現在の環境は未整備
09年の裁判員制度スタートに合わせて国も動いた。学習指導要領が改定され、小中高すべての授業で、国民の司法参加あるいは裁判員制度について触れることとなったのだ。しかし飯教授は、学校の先生は必ずしも法律の知識が豊富にあるわけではなく、授業時間も多くないなど、「人的、物的に十分な法教育のできる環境が整えられていないのが現状」だと指摘する。
たとえ法律の授業があったとしても、先生が語るだけの一方通行の授業が多い。飯教授は「自由や権利が守られて住みやすい社会を作っていくために、どういった法が望ましいのか、生徒同士が議論して考える主体的な学びが必要」だと語る。また「外部から裁判官や弁護士、裁判員を経験した人の協力を得るなど、多くの人がかかわって学習を進めていくという総合的な法教育の取り組みも求められている」と話した。
ただ、18歳で人を裁く責任を負うことに、唐突感を持つ若者は多いのではないだろうか。飯教授はこの点に関連して「裁判員年齢の引き下げは国会や社会でほとんど議論されないまま実施され、周知が十分ではなかった。裁判員を務める市民の意見を聞いて年齢を引き下げることが望ましかったと思う」と語った。
小中高に向けて出張授業実施へ 大学院生らNPO
18~19歳の裁判員が実際に誕生するのは、裁判員候補者名簿の作成手続きの関係で、23年1月以降となる。重い責任に若者がどう向き合えばいいのか。裁判員ラウンジに参加した学生たちも自ら動き出している。
明治大大学院法学研究科修士課程の堀口愛芽紗(あがさ)さん(22)は、高3時の課題研究で裁判員裁判のことを調べていた際、裁判員ラウンジの存在を知って参加した。裁判員の仕事は、精神的負担が大きいなど、マイナス面を報道されることが多いと感じていた堀口さん。しかし実際に会った裁判員経験者は、「貴重な経験ができてよかった」「多角的に物事を考えられるようになった」と、前向きに考えている人が多いことを知ったという。
しかしその一方で、「自分が裁判員に選ばれる年齢に近づいているにもかかわらず、学校では裁判員制度について詳しく学ぶことができない」ことに不安を感じたと話す。そして同じような不安を抱える全国の若い世代に、「18歳になるまでに知っておくべき法律知識を広めたい」という思いから、昨年12月、小中高生向けの法教育に取り組むNPO法人「法教育団体LEX」を設立した。
同団体は現在、大学生や大学院生ら11人で構成されている。法教育に取り組む学生団体仲間の縁を生かして4月以降、小中学校・高校での出張授業を開始する予定だ。教材も自分たちで手作りする。小中高生と年齢差が比較的少ない大学生、大学院生が法教育を行うことで、「難しく受け取られがちな法律問題も、小中高生がより身近に感じてくれる」と堀口さんは期待している。
出張授業を通じ、同団体では裁判員制度への理解向上はもちろん、契約問題など、成人年齢引き下げに伴って日常生活で直面するさまざまな問題についても啓発を行っていく予定だ。コロナ下で普及したオンライン授業形式も取り入れることで、「全国の小中学校・高校を対象に法教育を行いたい」と堀口さんは抱負を語った。