読見しました レーズンパン

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 「市瀬さん、これ持って帰って」。焼き肉屋でのバイトを終え、帰ろうとしていた私はその声に足を止めた。マスターが冷蔵庫から何か出してきた。いつもマスターがおやつに食べている、食パン形のレーズンパンだった。

 私は一瞬硬直したが、「1人暮らしにはありがたいことで、うれしいです」と受け取り、その場を後にした。マスクで隠れていたが、顔は引きつっていた。実は、私はレーズンが苦手だったのだ。でもせっかくのご好意。受け取ってしまったものは仕方がない。翌朝、そのパンをトースターで温め、コーヒーのお供にした。すると「あれ、意外といける」。

 その後も数週間ほど、バイトに行くたび同じやりとりが続いた。いただくのは決まってレーズンパン。いつしか、仕事の後の楽しみになっていた。うれしそうに受け取るので、これが一番の好物と思われていたのかもしれない。

 そんなある日、いつものように笑顔で受け取ると、普段は寡黙なマスターが背を向けようとした瞬間、ほほえんでいたのを目にした。その時、奥さんから「うちは孫がいないから、バイトの子を孫みたいに思っているのよ」と、以前こっそり教えてもらったことを思い出した。「そうだったのか」。私はもらったレーズンパンを翌朝食べながら、そのふんわり甘い「不器用な愛」をかみしめた。【津田塾大・市瀬結、イラストも】

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