読見しました。:海の街の古本屋
コバルトブルーの海から山に延びる坂道を登っていくと、古本屋がぽつりとたたずんでいた。観光で訪れた、観光地らしくない三重県の小さな漁村。辺りにはスーパーもコンビニも見当たらない。秘密基地を見つけたような気分で木造の平屋の扉を開けると、木の匂いと本の匂いに包まれた。
哲学書や小説、絵本がずらりと並ぶ。手に取った本を読み始めた。聞こえるのは「番猫」の三毛猫が歩き回る足音と、海の方からするカモメらしき鳴き声だけ。
「本、よく読まれるんですか?」
若い店員に声をかけられてはっとする。久しぶりに「時間を忘れる」という感覚に陥っていたのだ。
言葉に詰まる。本を読むことは好きだ。しかし、最近読む時間がとれずにいた。「最近はあまり読んでいなくて……」。そう答えながらも、手にしていた本を買ってしまった。
東京に戻る電車の中。まだあの古本屋に流れていた時間の余韻が残っている。「積ん読」になる前にと、かばんから本を取り出した。【一橋大・梅澤美紀、イラストも】