「止まった」時代つなぐ美術展 コロナと戦争、それぞれの若者の思い

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オンライン展では、コエテコエの6人で制作し槐多庵で展示した作品も紹介された。「もしコロナ下で言われていることを戦時下のビラ風に伝えてみたら」というメンバーの発想から生まれたという=コエテコエ提供
オンライン展では、コエテコエの6人で制作し槐多庵で展示した作品も紹介された。「もしコロナ下で言われていることを戦時下のビラ風に伝えてみたら」というメンバーの発想から生まれたという=コエテコエ提供

 戦争とコロナ禍という閉塞(へいそく)状況が似通った二つの「止まった」時代でも、表現を諦めなかった若者たちの声を届けたい――。そんな思いで、それぞれの時代下で絵画や彫刻制作に取り組んだ若者の作品を集めた美術展をオンラインで開催した学生たちがいる。今の若者たちは、自身の生活と戦争とをどのように重ねているのか。主催者や参加者、作品を出展した学生たちに話を聞いた。【筑波大・西美乃里(キャンパる編集部)】

 オンラインで行われたのは「止まった時代の主人公たち~1945×2021~」と題する美術展。同展は展示作品を2本の動画で紹介したのち、希望者間で意見交換をするという構成で進行した。所要時間は約2時間。観覧者は、開催前日までの約2週間に行われたクラウドファンディングで寄付した支援者やSNS上での告知を見かけた人が中心。9月18~19日の午前・午後それぞれで計4回開催され、高校生や大学教員といった幅広い年代層から延べ77人が視聴した。

二つの時代の主人公たち

 記者がオンライン展に参加したのは、残暑の厳しい同18日午後8時からの会。冒頭、パソコンの画面越しに、青々とした木々に囲まれた建物の映像が目に飛び込んでくる。そこは、第二次世界大戦で没した画学生の美術作品を収蔵する無言館(長野県上田市)だった。カメラが建物内に入ると、戦没画学生たちの生涯を語るナレーションとともに、次々と作品が紹介される。映像には、二度とその足で踏むことのなかったであろう郷土を描いた風景画や、妹の何気ない動作を切り取った日本画があった。

 数分間の上映後、余韻冷めぬままに、2本目の動画が流れ始めた。映像では、無言館の近くにある「槐多(かいた)庵」で8月19~29日に開催された対面版の同美術展の模様や、18点の展示作品が紹介された。作品を出展したのは、コロナ下で芸術を学ぶ17人の美大生たち。非日常に慣れる自分と社会とをテーマに造形した木工作品や、コロナ下で露呈する差別をとらえた油絵などとともに、彼らが作品に込めた思いもナレーションによって紹介された。

戦争学習での違和感が原点

 槐多庵とオンラインの双方で美術展を企画、開催したのは、今年4月に結成された学生団体「コエテコエ」のメンバー6人だ。開催のきっかけは、団体代表で中央大4年の下村えりかさん(22)への、無言館館長・窪島誠一郎さん(79)からの相談だった。2019年に無言館で行われたイベントを機に交流が続いていた2人。下村さんは「『無言館と連携し、戦争について若者たちに考えてもらう場をつくれないだろうか』という窪島さんの声に、学生団体を設立してイベントを開催することを思いついた」という。

 「幼少期から戦争に関心があった」と振り返る下村さん。イベント開催に乗り出した背景には、小中高で受けた戦争学習を通じて抱いた違和感がある。修学旅行などで広島や長崎、沖縄を訪れた際、戦争について当事者意識に根差した議論がしづらいと感じた。「『戦争をしてはいけない』という正論だけでなく、『では私たちは何ができるのか』と、等身大で話し合える場がほしい」と考えるようになったという。

 窪島さんと話すうち、無言館の収蔵作品と、コロナ下の学生たちの作品とを組み合せるという企画を思いついたと話す下村さん。この趣旨に共感したメンバー5人が集まった。その一人、上智大4年の吉川結衣さん(22)は、「普段触れる機会が少ない戦争という時代と、コロナ禍という身近な状況とを掛け合わせる発想が良いと思った」という。同時に「私はそれまで戦争について深く考えたことがなかった。自分自身にとっても、当時の人々の暮らしを想像するきっかけになると思った」と語った。

 6月中旬に企画が練り上がったものの、東京都内などは緊急事態宣言の発令が解けず、決行が危ぶまれた。その打開策として、現地だけでなくオンライン展も開催する方針が定まったという。宣言下のためSNSで出展作品の募集も始めた。団体が発足間もないことや出展者とスケジュールの調整がつかなかったこともあり、「断られることも多かった」と明かした。それでも粘り強く打診を続け、7月中旬には17人の学生が出展を承諾した。

重なる思い、闘いは今も

「あの小鳥になれたら」(樫山詩歩作、縦652ミリ×横803ミリ)=樫山さん提供
「あの小鳥になれたら」(樫山詩歩作、縦652ミリ×横803ミリ)=樫山さん提供

 出展者の一人である武蔵野美術大日本画学科4年の樫山詩歩さん(21)は、企画趣旨を聞いて「出さないと損だなと思った」という。

美術展「止まった時代の主人公たち~1945×2021~」に作品を寄せた樫山詩歩さん
美術展「止まった時代の主人公たち~1945×2021~」に作品を寄せた樫山詩歩さん

 樫山さんは、その1カ月ほど前に、知り合いが出演していたミュージカル「ひめゆり」を鑑賞した。作中の「小鳥の歌」を聴き、「『ガマ(洞窟)から見えた小鳥になって故郷に帰りたい』と女学生が歌ったとき、コロナ禍でスケッチにも行けない自分の心境と重なり、とても人ごとには思えなかった」という。その思いを託し、寄せた彩色画の題は「あの小鳥になれたら」とした。

「キッチン」(シャダポー夢亜作、縦910ミリ×横652ミリ)=シャダポーさん提供
「キッチン」(シャダポー夢亜作、縦910ミリ×横652ミリ)=シャダポーさん提供

 同学科1年のシャダポー夢亜さん(19)は、コロナ下でも普段通りキッチンに立つ母親の様子を描いたアクリル画「キッチン」を出展した。

美術展「止まった時代の主人公たち~1945×2021~」に作品を寄せたシャダポー夢亜さん
美術展「止まった時代の主人公たち~1945×2021~」に作品を寄せたシャダポー夢亜さん

「もともと無言館に興味があった」というシャダポーさんは、現地展開催中の8月下旬に実際に現地を訪問。無言館の展示作品を鑑賞し、「戦没画学生たちの作品には妹や母親などを描いたものが多く、非日常的な事態だからこそより自分が大切な存在を描きたくなるのかなと考えた」という。槐多庵でも親子や年配者の姿を目にし、今回の企画展が「世代を超えて一緒に鑑賞し言葉を交わす機会になったのではないか」と振り返った。下村さんによると、「槐多庵には150人以上が来場した」という。

 クラウドファンディングで目標を上回る約20万円の支援を得たことや、無言館の協力もあり、現地展、オンライン展とも入場無料だった。オンライン展に参加した国際基督教大1年の男性は「以前から反戦歌に興味があり、SNSで見かけて面白そうだった」と参加の理由を話した。社会人1年目という女性(23)は「戦時下の画学生たちの思いが、『平和な日常に戻りたい』という今の自分の思いと重なった。自分たちも闘っている最中なのかもしれない」と感想を語った。

 コエテコエのメンバーで、留学中の英国からリモート参加した中央大4年の永見正恵さん(23)は、「(戦時下の暮らしについて)これからもっと勉強したい。英国では戦争の記憶がどうとらえられているのかについても学びたい」という。「今後もコエテコエを足場に、メンバーと一緒にさまざまな境界線を越え、いろいろな人の声を届けていきたい」と話す下村さんたちの、次の挑戦にも期待したい。

☆2021年9月29日 毎日新聞ニュースサイト「mainichi.jp」限定掲載

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