すたこら 理想の大人の姿

「それは、余裕のある人っていうんだよ」。自分が理想とする将来像を語った時に言われた言葉だ。今の自分とは正反対だと思う姿を伝えた。ならば今の私は「余裕がない」ということだろうか。

 そもそも、このごろの自分に対して、そういうふうに否定的に捉えたことはなかった。一日の間に複数の予定を入れ、ずっと動きまわること。一件一件の予定をバタバタとこなすこと。振り返ることもなく、ただ毎日を忙しく過ごしていたことは事実だ。言われてみれば余裕なんてかけらもないのだが、私にとっては、それが一日の充実感につながっていた。

 しかしコロナ禍で時間ができ、余裕あるスケジュールを過ごすと、以前の自分がいかに自分のことだけで精いっぱいだったか痛感させられた。余裕ある大人の姿、理想の将来像について思いをはせるようになったのもそのせいだ。

 自分だけでなく周りに目を配り、相手を理解し、不測の事態に備えたスケジュールを立てる。これが私の理想を詰め込んだ将来像。友人たちから「いつも忙しそう」と言われてしまう、今の私が欲している姿。そんな理想の大人になれたら、きっと現在よりも満足のいく人生になるだろう。だが、理想の姿に近づけようと意識すればするほど、今度はその意識に気を取られ、いっぱいいっぱいになる。

 余裕を求めて余裕がなくなる、不器用な自分には落胆する。数年後には理想の大人に近づけているだろうか。今はまだ試行錯誤の日々で、その終わりは見えない。【学習院女子大・田中美有】

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