戦争を考える/下 :「現代」とのつながり訴え 毎日新聞・栗原俊雄記者、若者への思い

<戦争を考える取材班>

 コロナ禍の終息の見通しがつかない中、早くも戦後75年の夏が終わろうとしている。毎年8月15日の終戦記念日前後に熱を帯びる戦争報道は「8月ジャーナリズム」とも呼ばれるが、今年、その熱量はどこまで「戦争を知らない世代」に届いたのか。取材班は同16日から全国の大学生を対象に、直近の報道をどう受け止めたかアンケートを実施。その回答を踏まえ、毎日新聞社で長年、戦争報道に関わる学芸部の栗原俊雄さん(53)に話を聞いた。

 アンケートには122人が回答した。「戦後75年」を意識したかどうかを尋ねると、「はい」と答えたのは6割超の77人だった。意識した理由には、「戦後75年の特集企画がSNSで話題になっていたから」(北海道大4年)などが挙がった。一方、「いいえ」と答えたのは45人で、「コロナの方が身近な話題だったから」(早稲田大4年)などが理由に挙がった。

 終戦から4分の3世紀という節目の年だったが、例年と比べ今年の戦争報道が「手厚かった」と感じた人は22人。「特にこれまでと変わった感じがしなかった」(筑波大4年)など、全体の6割超である78人は「例年通り」と感じていた。

 新聞やテレビなど報道側の姿勢に対する評価はさまざまだ。「コロナ禍でも戦争のことを忘れないようにと、各社が努力をしている様子が目立った」(東京外大2年)、「SNSでの取り組みなど、新しい媒体に合わせて多様な取り組みがなされている」(筑波大4年)と肯定的な意見もみられる。その半面、「戦争を経験した方のお話などが少なく、もっと聞きたかった」(上智大2年)、「コロナ禍で日々目まぐるしく更新される情報の方が人々に危機感を与えるため、そちらの方が強く印象に残った」(東洋大3年)という厳しい声もあがった。

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戦時中、臨時の火葬場となった上野公園周辺で栗原俊雄記者(右)の話を聞いた=東京都台東区で撮影

 ではこうした大学生の意見をどう思うか。「常夏記者」を自称し、8月に限らず通年で戦争報道を行ってきた実績のある栗原記者に尋ねてみた。

 「今がメディアのがんばりどころ」。肯定、否定、無関心が入り交じる大学生の率直な声の数々を見て、栗原さんはそう話した。自ら戦争体験者の貴重な証言を掘り起こしてきた方だけに、その言葉は重い。

 今年の戦争報道についても振り返っていただいた。栗原さんは2005年、毎日新聞の特集企画「戦後60年」で多くの戦争体験者を取材し、以来15年、戦争関連の取材を続けている。この経験も踏まえ「今年の戦争報道は、ここ数年の中でも少しは原点回帰していた」と振り返る。どう語り継ぐかという議論に終始せず、いまを逃せばもう聞けなくなるかもしれない高齢の戦争体験者の声を拾うという「原点」を、報道側も意識していたという。

 一方で、「近年は戦争報道の熱量が下がったように感じる」とも話す。戦争体験者の高齢化によって集められる生の声が減っていることをその一因に挙げた。また「インターネットの広がりから、人々が日々触れる情報量が爆発的に増えている」ことも重要だと指摘する。本来、この夏の報道の目玉になるはずだった東京五輪は延期が決定した。それにもかかわらず、戦争報道がネット情報の中に埋もれている現実がある。

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 情報があふれる現代。アンケートでは、戦争報道も「自分から意識して触れる人以外の目には留まりにくいと思う」(横国大4年)という指摘があった。同様の問題意識を栗原さんも抱えている。「戦争の悲惨さを訴える報道も、元々関心があった人の間でしか共有されていない気がする」という。どうすれば少しでも多くの若者に戦争の愚かさや悲惨さを伝えていけるのか。栗原さんは記者たちに向かい、「閉じられたサークルから出るためのツールが欲しい。若い君たちの知恵と技術を借りたい」と率直な思いを吐露した。

 もちろん若者の努力だけに任せるわけではない。報道をより身近に感じてもらうために栗原さんが意識しているのは「今に引きつける」こと。例えば戦争孤児や戦時PTSD(心的外傷後ストレス障害)の問題など、今日も国内に残る論点はある。それらに結び付けて書くことで、「戦争と現代社会はつながっている」と訴えていく。

 先の大戦では、日本人だけで300万人以上の犠牲者が出た。被害は広く深く、まずどこから知っていけばいいのか途方に暮れる若者も多いのではないだろうか。だが「実際に読んでもらえさえすれば、戦争のむごさに感情を動かされる学生も多いはず」。栗原さんは、諦めない。

 アンケートでは、戦争報道に触れたあと、自分の心境にどんな変化があったのかも聞いた。「祖父母の戦争体験を家族で話した」(東京外大2年)、「当たり前だが、日本人が学ぶ歴史が他国で学ぶものと同じだとは限らない。戦争の歴史について外国人と振り返った」(立命館大3年)、「地元の戦災資料館に行った」(東京外大2年)。情報の海に沈むことなく、届いたメッセージもある。

 75年前の8月15日、日本全土に終戦を告げる玉音放送が流れた。だが、戦争は過去のものではないはずだ。「まだまだ知らないことが多いと思っている」(日本女子大3年)という声を心に刻み、過去とも現在とも向き合い続けたい。【筑波大・西美乃里、写真は東洋大・佐藤太一】

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