すたこら:小さな映画館で

 お気に入りの小さな映画館は、通学に使う路線沿いの静かなカフェの脇、階段をくだった地下にある。ドキュメンタリー作品が中心のラインアップを眺めては、月に何回か一人でふらりと立ち寄る。

 初めて衝撃を受けたドキュメンタリーは、高校生の時に見た、シリア内戦下で奮闘するジャーナリストを追った作品だった。戦闘の生々しい映像と、「死んだ方がマシ、死は怖くない」と訴える悲痛な市民の言葉が脳裏に焼きついた。何が正しいのかわからなくなった。私が平和を語るのは、偽善だとさえ思った。

 今も世界や身近な日常に困難はあふれていて、「ああすべきではない」「なぜこうしないのか」と語気を強めて人々は解決策を講じる。それを聞く度に、弱い私は萎縮する。強い言葉で語れるほど物事は単純なのかと、現実の複雑さにおびえて意見が言えなくなる。

 そんなことを考えていたあるドキュメンタリー上映後のこと。「意見を言うのは、いったん批評家に任せましょうよ」。アフタートークに来ていた監督が、何の気なしに悩みを話した私にそう言った。今は現実に向き合うだけでもいいのだと。心がすっと軽くなった。

 だから私はお気に入りの映画館にまた足を運ぶ。正しいものを信じるためではなく、語り得ぬものをスクリーンの中に探すために。わからないなあ、と考え続けることにも希望を見いだしたいと願いながら。時に涙し、時に満ち足りた気持ちをかみ締めながら、上映後の階段をのぼる。【上智大・川畑響子】

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