新型コロナウイルス感染予防の行動制限が大幅に緩和され、キャンパスは活気を取り戻した。大学内外の人と直接接する時間が増え、自分の思い通りに生活ができるが、その分、思わぬトラブルに遭う機会も増える可能性もある。大学生活には今、どんな危険が潜んでいるのか、トラブルに巻き込まれないためにどうすればいいかを探ってみた。【成城大・新井江梨】
カルトの勧誘手口
全国大学生活協同組合連合会は今年2月、コロナ禍で中断していた「学生の生活リスク」講座を3年ぶりに開催した。同講座で主要テーマの一つとして取り上げたのが、狂信的、反社会的な教義を信奉する教団などのカルト団体だった。
2022年には旧統一教会問題への関心が高まった。同連合会が全国約9100人の大学生を対象に同年実施した「学生生活実態調査」でも、「大学入学後に遭遇したトラブル」として、「宗教団体からのしつこい勧誘」を50人に1人の学生が挙げていた。
同講座では、カルト団体の勧誘手法を模擬体験してもらおうと、参加学生らにカルト団体を名乗る側と、勧誘される側の双方を演じさせた。勧誘する側は「こんなサークルあるんだけど、どう?」「友達いる?」などと、言葉巧みに相手に近づき、カルト団体へと導いていく。同連合会広報調査部の安田祐司さん(60)によると、体験した学生からは「初めからカルト団体だとわかっていたのに不思議と断れず、サークルへ参加しそうになった」と驚きの声が上がったという。
コロナ禍以前なら、サークルを中心に先輩・後輩の学年を超えた交流が活発で、勧誘についても「あのサークルはカルト団体だから」とアドバイスがもらえた。しかし安田さんによると「現3~4年生はコロナ禍で先輩との交流が希薄であったため、新入生にどう接して良いのか分からない。後輩は、そもそも先輩からカルト団体の情報を得ていないため、大学にカルト団体があるなんて知らない。先輩・後輩間で大きな溝が生じている」という。
トラブルから身を守るための学生の自衛能力は、コロナ禍で大きく低下した側面があるのだ。安田さんは「友達ばかりでなく、家族や先輩など信頼できる大人と話をしたり、相談窓口を利用したりして、さまざまな切り口から幅広い情報を得てほしい」と助言した。
狙われる困窮学生
22年の「学生実態調査」で、大学生が遭遇したトラブルで最も多かったのは「バイト先での金銭・労働環境トラブル」で、30人に1人の割合だった。お金を巡る問題では最近、高額の報酬を餌に、若者を特殊詐欺や強盗などの実行役に引き込む「闇バイト」が大きな社会問題になっている。
この闇バイト問題に新たにページを割いて警戒を呼び掛ける本が「大学生が狙われる50の危険」(青春出版社刊)だ。同連合会とともに、同書の制作に携わった三菱総合研究所主任研究員の元田謙太郎さん(59)によると、ターゲットになりやすいのは、仕送りが減ったり、バイトが雇い止めになったりして生活が困窮している学生だ。
元田さんは「大学生は社会人と異なり社会経験や具体的な知識が乏しいため、甘い勧誘文句を安易に信じ込んでしまいやすい側面がある」と話す。「もし闇バイトへ応募してしまったら、自分だけでなく家族や友達も含めどうなってしまうのかと、目先のことばかりにとらわれず一歩二歩先のことを考えて行動してほしい」と指摘する。
SNS(ネット交流サービス)上で飛び交う闇バイトの募集には「#リスクなし」「#日当10万円」などと夢のような文句が躍る。元田さんは「リスクを伴わない甘い話など一切存在しない。わずかな傷や痛みを負うことは同じことを繰り返さないために役に立つこともあるが、一度やってしまうと、取り返しがつかなくなることもあると知るべきだ」と警鐘を鳴らす。
今年2月に発売された同書は第5版。内容はその時々の社会情勢や傾向を踏まえ、3年ごとに見直されている。第5版では闇バイトとともに、コロナ禍で心身のストレスを訴えた学生が増えたことを踏まえ、心のケアの問題、また問題を抱えた際の問い合わせ先に関するページを追加した。
元田さんは「コロナによって楽しみにしていた学生生活が送れなかったり、誰とも会わない生活で心を痛めてしまったりした学生が多く見られた。大学生の自殺者数もコロナの影響により増加した」と指摘する。大学では学生自らがアクションを起こさなければ何も変わらない。つらい目にあったら必ず家族や先輩、友達に相談し、一人で抱え込まないことが大切だという。「もし相談しづらかったら大学の相談窓口や国の機関に問い合わせをするだけでも、気持ちが安らぐのではないか」と元田さんはアドバイスする。