「男女の魅力」併せ持つタレント 井手上漠さん 人と違うことは魅力

会いたい人
インタビューに応じてくれた井手上漠さん。発売直前の美容本の話も聞かせてくれた=東京都港区で、成城大・中薗三奈撮影

タレント・モデル。これが井手上漠さんの肩書だ。SNS(ネット交流サービス)のプロフィル欄には「性別ないです」の文字が光り、「アンドロジナス」(男女両方の魅力を併せ持つ着こなしや考え方)なスタイルで人をとりこにする。しかし活動はそれだけにとどまらず、何者なのかつかめない、それでいて目で追わずにはいられない。そんな魅力の塊、井手上さんにお話をうかがった。【早稲田大・山本ひかり(キャンパる編集部)】

可愛いもの好きで異質な存在
 

 井手上さんは現在、美容家としてドラマのメーク監修に参加することもあれば、アパレルブランドをプロデュースすることもある。テレビに映ればそのかれんな容姿に注目が集まり、ひとたびSNSを更新すれば、丁寧に紡がれた言葉の数々にファンは心を打たれる。

そんな井手上さんは2003年、島根県の隠岐諸島の一つ、中ノ島で生まれた。天真らんまんだったという幼いころの夢は「ウエディングドレスになること」。「プリキュア」や「セーラームーン」といった可愛いものが好きだった。

 その影響で、友人も明るくて面白い女の子が多かったという。いつしか「美容師になりたい」という夢ができあがった。しかし、髪を伸ばし可愛いものを好む井手上さんは、当時は少し異質な存在。クラスメートの男子から時に心無い言葉をかけられることも少なくなかった。

「否定される側」を抜け出す

 そんな井手上さんに大きな転機が訪れる。18年、当時15歳で出場した若手俳優の登竜門「第31回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でDDセルフプロデュース賞を獲得したのだ。その際「可愛すぎる男子高校生」として注目を浴びたことを機に、芸能界入りを果たした。

 「コンテストは出ることに意味があった。否定される側だった私だけど、称賛されてもいいんだと気が付いた」。インターネットを利用した配信投票を勝ち抜きファイナリストに選ばれたことで、交流する人も増えた。島生まれの井手上さんにとって、島出身でない男の子とかかわるのは初めて。コンテストで出会った当時の仲間たちは「私が年下の方だったからたくさんかわいがってくれた、お兄ちゃんたち」と表現する。

怖さの先でつかんだ自信

 モデルとしてファッションイベントなどに参加する傍ら、バラエティーなどテレビ番組に出演する機会も多くなった。不特定多数の視聴者に見られる仕事であるからこそ、表に出ることを「今でも全部怖い」と感じることもあるという。

 中性的な容姿や装いゆえに、立ち居振る舞いや言動に注目が集まるが、だからこそ感じる難しさもある。「やっぱりマイノリティーだから、私が発信する言葉は正解でもあり間違いでもある。私のような人は芸能界にまだあまりいないので、事例がないからこそ失敗だらけ。それがたたかれないか、執着して何かを言われないか心配になることもある」。それでも「性別がない、ということも私だけの強みだと思う。男性でもあるし女性でもある。または男性でもないし女性でもないから」と自負する自らのアイデンティティーを言葉に乗せる。

美容家は魔法使い

 タレント・モデル業に力を入れながらも、美容への憧れは消えなかった。仕事の合間に専門学校に通い、23年には国際メイクアップアーティスト検定1級の資格を取得した。「朝の生放送番組に出演した後、1限から学校に通っていたこともあった」という。

 大切にしている言葉は「好きこそものの上手なれ」。好きだからこそ努力できるし、多忙でも諦めずに結果を出せることを自ら体現した形だ。この資格が仕事にも結びつき、24年にはテレビ朝日のドラマ「顔に泥を塗る」でメーク監修を務めた。

 美容に関する仕事も増えてきている中での楽しさを、井手上さんはこう語る。「その人の内面的な部分をメークで明るくできた時、自分が魔法使いみたいな気持ちになれる。もちろん技術も大切だけど、メークには人をポジティブにさせたいという気持ちが大切だと思う」。美容に関することだけは「突き詰めてきたものだから、何かを言われないかなどの心配はない」と自信ものぞかせる。

自分のイメージを固定したくない

 自身のメークの変化についても聞いた。というのも、記者は井手上さんが高校生の頃から応援しているのだが、その当時の雰囲気はもちろんのこと、昨年と取材時のメークを比べても受ける印象が全くと言っていいほど違う。金髪に合わせてか、華やかでくっきりとしたメークだった1~2年前から、今月は落ち着いて優しい顔立ちに変わっているように見えたのだ。

 この秘密はどこにあるのだろうか。そう尋ねると「メークは毎日違う」と驚きの答えが。「自分が自分に飽きないためでもあるし、初めて会った人にまた会いたいと思ってもらいたいから。メークで自分のイメージを固定したくない」。だからこそ「ただのきれいな顔ではなく、何か違和感を残したい」と意識しながら日々のメークに挑んでいるという。美容に関するたくさんの情報に触れることで、引き出しを増やす作業も欠かさない。

 2月26日には自身初の美容本「自信がつく美容、美容でつく自信」を発売する。今まで生きてきた中で井手上さんが得た美容に関する知識を、これでもかというほど詰めこんだ1冊である。

劣等感から見つかる強み

 近年、特に若者の間で過度な外見至上主義的な価値観「ルッキズム」が広まっていることも否めない。そんな世の中での若者に対する美容発信の難しさも尋ねてみた。井手上さんは「今回の美容本では、内面の美しさにとても焦点を当てた」と説明した上で、こう続けた。「コンプレックスを隠すことが正解と思わない。周りの人が持っていないものを持ってしまっていることに劣等感を覚えることもある。だけどそこから自分の強みが見つかるもの。人と違うことが何よりも魅力、強みでは」

 井手上さんにも、男性に生まれたものの心は男女どちらでもないことに、コンプレックスを抱いた時期があった。「気が付けば恋愛相談をされることが増えていた。それって男性の気持ちも女性の気持ちもわかるからこそだと思う。生まれ持ったものを才能に変換させることができた。メークでも同じことが言えると思う」

 就職活動で「自分の強み」を聞かれ何度も答えに詰まった経験のある身からすると、心に刺さる言葉であった。発売されたばかりの自著を「自信が持てない人に手に取ってほしい」とアピールした。

挑戦はこれからも

 記者は井手上さんと同い年である。そんな同世代の学生へメッセージをお願いすると、「情報があふれている時代だけど、本を読むことをお勧めしたい」と答えてくれた。「私の性格や人間性の部分は、出会ってきた人ももちろんそうだけど、本から吸収したものも多い。迷った時も本から解決策をもらえることもあるし、そうやって戦ってきた」としたうえで、「同世代だし、一緒に読もう?(笑い)」と遊び心のある笑顔を見せた。

 井手上さんが次に挑戦したいことは「コスメの商品化」だ。「人によって求めるものは違うと思うけど、化粧品で良いものを作れる自信はある。またリピートしたくなるような、これがないと生きていけない!という商品を作れたら」。井手上さんの夢はまだまだ途切れることを知らない。

いでがみ・ばく

タレント・モデル 2003年生まれ、島根県海士町出身。戸籍上は男性だが、性別の枠にとらわれないメークと装いで芸能活動を続け、現在は美容家としても活躍している。SNSの総フォロワー数は約149万人。

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