会いたい人 ジオラマ作家 諸星昭弘さん 日用品に広がる世界

会いたい人
諸星昭弘さん

 マッチ箱を開けるとそこに広がるのは小さな町だ。いびつな形をした建物が並び、乗り場で待っていると1両編成の路面電車がやってくる――。筆者が高校時代に熱中し、今も大好きな鉄道ジオラマ。そのジオラマで見る者をとりこにする物語を表現し続けている人がいる。笑顔がよく似合うその人こそ、諸星昭弘さん(55)だ。作業場のある神奈川県のご自宅をお訪ねし、じっくりお話をうかがった。【東京女子大・津田萌子】

曲げわっぱの弁当箱を利用した諸星昭弘さんの作品=諸星さん提供
曲げわっぱの弁当箱を利用した諸星昭弘さんの作品=諸星さん提供

「絵のように」自由な作風

 幼少期から絵を描くことが好きで「最初は絵描きになりたかった」という諸星さん。建物や自然などの情景を立体的に表現したジオラマを作り始めたのは25歳の時。当時勤めていたデザイン事務所の仕事仲間に誘われて作り方を教わったそうだ。もともと乗り物とプラモデル作りも好きで、鉄道ジオラマを作るのは楽しかった。雑誌「鉄道模型趣味」のコンテストに応募し、賞を取った。小さい賞だったけれど、それがうれしくてジオラマ作りにのめり込んだという。

 26歳で会社を辞め、フリーになったが、デザイナーとして生計を立てることができなくなった。すでに結婚もしていた諸星さんは、ジオラマ製作で生計を立てると家族に宣言したそうだ。少し作品が売れたことはあったものの、生活できるほどの安定した収入があったわけではなかった。「苦し紛れだよ」と笑ったが、当時は相当の覚悟だったのではないかと想像する。

 意図的に変形した風景を小さな日用品の上で立体的に表現する、独自の作風で知られる諸星さん。2007~8年にジオラマ製作の講師としてNHKの番組に出たことが、知名度が上がる一つのきっかけとなったそうだ。現在は年に2回の展示会と1度の個展、その他イベントなどで自身のジオラマを販売している。

 アイデアは普段日用品を眺めていると思い浮かぶという。「作品が売れないと生活できない、という心配はあっても、作品が作れなくなるかもという心配はない」と言い切る。

 鉄道ジオラマの魅力は「見ている側に考える余白があること」だと諸星さんは言う。動かない風景と元気に走り回る車両が共存するあり得ない光景に、見る側は想像力をかき立てられる。でも実際のジオラマ作りは「苦しい」作業だという。「生みの苦しみって言うでしょ? 苦しくないと楽しくないの。苦しんでうんうんうなって、そうやって製作するのが本当に楽しい」と語ってくれた。

 それほどまでに苦しんで作り込んだ作品も売れてしまえば手元に残らない。これは寂しくないのか。諸星さんいわく、「寂しいからいい」。寂しいと思えるほどよくできたものは、見る人にもわかるのだそうだ。だから売れたらうれしいのだと教えてくれた。

 ジオラマ製作でいつが一番楽しいか尋ねると、意外にもアイデアを絵に起こしている時だと教えてくれた。諸星さんはジオラマ製作をしていくうえで、自分が描く絵とは違う人の作品であるように感じることが悩みだったという。当時のジオラマ作品は市販模型のように規格通りの寸法で、作り方もセオリー通りだった。

でもある時、絵のように作ればいいんだと気がついた。きちんと寸法の決まったいわゆるスケールモデルではなく、フリーハンドの線でジオラマを作るように変わったのだという。図面は描かず、まずは発泡スチロールを切り出してみる。それをプラスチックの板に写し取って建物や列車を作っていく。

 筆者が昨年初めて諸星さんの作品を見た時、その自由さに驚いた。ゆがんだ建物の中にいびつな形の木がそびえたっている様子は不思議だった。驚きと同時に、美しさに感動したのを覚えている。そしてこの楽しさや美しさは、自由に描いた絵のようだからなのか、と納得した。

 小さなサイズの作品が多い諸星さんだが、今後畳1枚よりも少し大きいサイズの、作業部屋に設置できる作品に挑戦したいという。「大きい作品は別に完成しなくてもいい」と諸星さん。育てていくのが楽しみなのだ。また、絵地図のようなジオラマを作ることも構想している。実際の土地を再現しつつ、諸星さん流にアレンジを加えたいそうだ。優しさと気さくな笑顔に、これからはどんな作品で楽しませてくれるのだろうと期待が膨らんだ。


諸星昭弘(もろほし・あきひろ)さん

 1968年神奈川県生まれ。90年多摩芸術学園デザイン科卒業。2006年ジオラマ作家として独立。現在は展示会で自身の作品を発表する傍ら、全国高校生鉄道模型コンテストで審査委員長を務めるなど活躍している。

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