私は小説で世界旅行に行く。ただ何百ページにもわたって文字が羅列されているだけの本が、読み込むうちに一つの世界を形作って、私を旅人として迎え入れてくれる気がするからだ。
旅行できる世界はたくさんある。非現実的な世界や自分の憧れの世界、現実的だが今の私とは違う人生を歩める世界。もちろん実際には体験も何もしていない。ただの想像だ。けれど、高校生だった頃、普段は読まない幻想小説を読んだことをきっかけに、そうした想像の世界に浸るのが心地よくなった。そして、それが小説の楽しみ方だと思うようになった。
ある日、出先の見知らぬ街を散策していた時、ふと目に映る景色に懐かしさを感じた。初めて訪れ、何も知らない街なのに、散策を続けるうち、ある小説のワンシーンが浮かんできた。その街は以前読んだ小説の世界にそっくりだった。街並みや天気、周囲の環境までも。その瞬間、私は小説の舞台である世界に実際に行ったような感覚を覚えた。そして小説で書かれたことが、現実の出来事のように思えたのだ。
気軽に旅行ができなくなった今、小説の世界に旅行しに行くのが私のひそかな楽しみになっている。さて、次に読む小説はどんな世界に連れて行ってくれるだろう。旅行パンフレットを手に取るように、私は書店に並べられた多くの小説の一つに手を伸ばす。【大正大・中村勝輝、イラストも】