東日本大震災から11年 ヴォイス・オブ・フクシマ 福島の記憶といま、全国へ ラジオ放送400回

東日本大震災特集

 3月11日で東日本大震災から11年を迎える。地震や津波だけでなく、東京電力福島第1原発事故の発生により、未曽有の複合災害を経験した福島県。その教訓を風化させないため、ラジオ番組での証言収録や学校での教育支援などを通して、震災の記憶と現在の福島の姿を伝えようと活動している一般社団法人「ヴォイス・オブ・フクシマ」(同県須賀川市)を取材した。【東京学芸大・中尾聖河】

 同団体は、震災翌年の2012年に設立された。中心となったのは、ラジオ番組制作の実務に詳しい佐藤正彦さん(58)と、番組進行のパーソナリティーの経験がある久保田彩乃さん(36)。ともに福島育ちだ。

 震災後、久保田さんは秋田県から福島県郡山市に帰郷。コミュニティーFM局「ココラジ」に転職し、ここで同局に勤務する佐藤さんと出会った。震災で傷ついた県土を目の当たりにして、2人は「福島のためになにかをしたい」「福島というワードが子どもたちの足かせになってほしくない」と、被災地から避難した県民を取材し、その思いを伝える活動に精力的に取り組んだ。2人はその後、原発事故で全町避難となった同県富岡町の臨時災害FM局「おだがいさまFM」の設立にも携わり、ここでも被災者・避難者の声を発信する活動を根付かせた。

 活動領域を広げながら被災者・避難者の証言を集めていくうちに、久保田さんは「災害をめぐる認識が人によって異なることを実感した」と話す。だからこそ「一口に福島といっても、その中に多様性があることを伝えたい」のだという。

 取材活動を拡充すべく、2人はラジオの仕事を続ける傍ら、同団体設立に踏み切った。集めた証言は「Voice of Fukushima」という番組として「ココラジ」を皮切りに各地の放送局で放送を開始した。番組はインタビュー形式で証言者の生の声を伝え、福島県に関わりのあるゲストが登場する。「自分の言葉で、被災の記憶や今の思いを自然に話してほしいので、細かい編集はしない」と佐藤さん。同じ福島県民として、県民の目線を大事に番組制作を行っているという。週1回、5分間の放送は現在、全国7局ネットで放送されており、21年2月には放送400回を迎えた。

 震災発生時、「ココラジ」内にいた佐藤さんは自宅に帰らず、連日ラジオ放送を続けた。「今回の震災の経験を次の震災に生かせなければ、私たちはただ悲しみに暮れただけになってしまう」。佐藤さんは久保田さんら仲間とともに、震災の教訓を生かして避難所の状況などを改善するために、これからも取材を続けていきたいと話す。

教育支援にも尽力

 14年には、ラジオ放送だけでなく、教育支援にも携わり始めた。舞台は、富岡町が町民の避難先となった同県三春町に、11年9月に設けた富岡町立幼小中学校の三春校。取材で訪れたことをきっかけに、月に6時間ほどの総合学習の授業を始めた。18年の「おだがいさまFM」閉局までは、児童自身がテーマを考え、決めた内容で番組を制作し、同局で放送していた。その後、三春校が22年3月に閉校することが決定。18年以降は、三春校の記録を映像で残す取り組みを授業として行っている。

 震災後しばらくは、メディアの取材を受けた経験のある児童生徒が多く、「取材されるのは慣れていたけれど、取材するのは初めてだった」と話す子どももいたという。避難を経験し、特殊な環境に身を置いてきた子どもたち。久保田さんは授業を行う中で、「空気を読んで大人が求める上手な答えを話すのではなく、考えて考えて、自分なりに答えを出してもらうことを大切にしてきた」と話す。

 一方で、現在10人いる児童生徒には震災前の富岡町の記憶はほとんどない。映像を制作するにあたって、子どもたちは町民に取材を行い、富岡町の歴史や学校の成り立ちについて学ぶ機会となっている。

これからが踏ん張り時

 これまでの取り組みを踏まえて今後何をすべきか。久保田さんは「後の時代に残したいという思いを持って語る側から、受け取る側である次世代へと、どういった興味・関心で記憶をつないでいくことができるか、考え続けている」と話す。記憶を継承していくために「個々の声を集めて集合体にし、後々利用できるよう分類、保存していきたい」と、これまで収録した膨大な証言記録のアーカイブ化にも取り組み始めている。

 長い時間をかけて取り組んできたからこそ、震災直後に取材した声と、現在の声との変化を追っていくこともテーマだ。「自分にとって震災が何だったのか、震災を踏まえてこれからどうしていきたいのか」。取材する中で、各人の変化を感じながら発信していきたいと佐藤さんは語る。

 現在、同団体のメンバーは5人。軸をぶらすことなく地域に根を張った活動を続けている。佐藤さんは「団体を続けようとしているのではなく、個々の福島への思いを団体に持ち込んでいるから続いている」と話す。自治体や国の被災地復興支援事業が先細りとなる中、団体としては「これまでの10年よりもこれからの10年が踏ん張り時」という。地域への思いを絶やすことなく、次世代へと記憶をつないでいく活動はこれからも続いていく。

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