10年前の3月11日。私は東京本社で勤務中、震災に遭遇した。早朝からのデスク勤務を終えたところだったが、それから数日間は帰宅すらできなかった。時間の経過とともに明らかになる被災地の惨状と原発被害。次々と飛び込む情報がとても現実とは思えず、打ちのめされ続けた。あれから10年。被災地の方々が負った心の傷を癒やすには、短すぎる時間だと思う。【編集長・三島健二】
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強制送還におびえる外国籍の子どもたち 「ゼロプラン」発動で
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編集部から10年前の3月11日。私は東京本社で勤務中、震災に遭遇した。早朝からのデスク勤務を終えたところだったが、それから数日間は帰宅すらできなかった。時間の経過とともに明らかになる被災地の惨状と原発被害。次々と飛び込む情報がとても現実とは思えず、打ちのめされ続けた。あれから10年。被災地の方々が負った心の傷を癒やすには、短すぎる時間だと思う。【編集長・三島健二】