読見しました。: 狭い路地の小さなドア
学校の帰り道、夜、暗く狭い路地の奥に見つけた小さな明かり。吸い込まれるように近づいていき、小さなドアを開けると、木のぬくもりに包まれた、書斎のような喫茶店だった。
先客はいない。チャイを注文する。さて、何をして過ごそうか。たまったラインの返事を返そうか、課題を片付けようか……。やることはいくらでもカバンの中に詰まっている。
ふとメニューに目を向けると、店の「楽しみ方」が書かれていた。
「できるだけ現実的なことは忘れて、読書やお飲み物や妄想なんかを楽しんでください。お仕事やお勉強にご利用いただいても構いませんが、合間に一時でもそれを忘れるお時間を作っていただけると幸いです」
なるほど、これもありかもしれない。本棚から目に留まった1冊を取り出す。振り子時計の針が時を刻む音、店員がチャイをいれる音が響く。雑音に囲まれた日々の焦りや気ぜわしさが遠のいていった。
「ボーン」という重低音の振り子時計の閉店時間の合図で、本を閉じる。重いカバンを背負い、ドアを開けると、そこにはいつもの現実が広がっていた。
雑音に疲れたら、またあのドアの向こう側に行こう。【一橋大・梅澤美紀、イラストも】