学生の目 戦後80年 「平和の礎」にみる記念碑の今後 沖縄の心、世界へ 教育・交流拠点の活用期待

学生の目
沖縄慰霊の日の今年6月23日、「平和の礎」に刻まれた父の名前をなぞり、涙する女性=沖縄県糸満市で

日本各地には戦争にまつわる記念碑や慰霊碑が数多く建設されてきた。しかし、社会の世代交代が進むなかで、管理・保存が難しくなる事例も少なくない。碑は今後、どのような役割を果たしていけるだろうか。沖縄戦の終結から80年となる今年、数多くの来訪者を集める沖縄県の「平和の礎(いしじ)」を具体例として考察してみた。【早稲田大院・濱田澪水】

 太平洋戦争末期、1945年3月から6月にかけて行われた沖縄戦は、非戦闘員だった沖縄県民を巻き添えにした大規模な地上戦だった。日本軍約9万4000人、米軍約1万2500人が戦死したほか、「集団自決(強制集団死)」に追い込まれる悲劇も起きるなど一般住民の犠牲者は約9万4000人にのぼる。

95年6月23日、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念し、同県糸満市摩文仁の平和祈念公園内に「平和の礎」は建てられた。沖縄本島南端に近い摩文仁は日本軍の組織的戦闘が終結した地である。

 「平和の礎」は、敵味方や国籍、軍人・民間人の区別なく、沖縄戦で亡くなったすべての人の氏名を碑に刻んでいる。沖縄戦で失われた命はどれだけあったのか、その結果を一目瞭然に示すことで、この地で二度と戦争を起こさせないという決意があるとされる。兵士は部隊や序列を示さず、50音順で刻銘する。自国の死者だけでなく、敵国の死者も等しく刻銘する碑は、世界的に見ても他に例がないという。

刻銘総数24万人
 当初は記念碑として設置された「平和の礎」だが、設置後は戦死者の氏名が刻まれた碑の前で、遺族が献花する光景が広がり、あたかも特定の故人の墓参りのような、弔いの場としての性格も強まった。沖縄県平和・地域外交推進課の川満孝幸副参事は「戦没した場所もわからない、遺骨も戻らないという遺族の方にとっては、心のよりどころにもなっている」と指摘する。

 一方、外国人や修学旅行生、地元の小中学生らや親子連れも訪れる場所となっている。同公園内には、県民の視点で見た沖縄戦の現実を伝承する「平和祈念資料館」もある。「平和の礎」とともに訪れることで、戦場のむごさ、戦争の悲惨さを実感する平和学習の場にもなっている。

「平和の礎」には設置時点で約23万4000人が刻銘された。ただこれはその当時調査済みだった数で、未調査の犠牲者の特定や、追加刻銘の作業は今も続いている。その追加刻銘数は近年、増加傾向にあり、今年は342人を数え、総数は24万2567人(6月23日時点)となっている。川満副参事は、刻銘数が増加する背景について「『平和の礎』の理念に共感している人々の輪の広がりが一つの要因だろう」と分析する。

 その好例が、沖縄に向かう水上特攻作戦で撃沈された戦艦大和の乗組員の刻銘だ。同作戦では大和の乗組員だけで約3000人が死亡した。このうち広島県の大和乗組員については、民間のボランティアや研究者の努力で犠牲者の確認と刻銘を進める取り組みが先行して進んだ。これが刻銘数を押し上げる要因となった。

また、刻銘された名前を読み上げて犠牲者を追悼する「沖縄『平和の礎』名前を読み上げる集い」が2022年から始まり、今年は沖縄県外も含めて6000人超が参加した。このような活動も「平和の礎」の理念を浸透させることに貢献しているという。

 「平和の礎」は沖縄県主体で安定的に維持・管理されている一方、同じ平和祈念公園内には府県や団体が建立した慰霊塔も50基ある。また同県の調査によれば、県内の沖縄戦関連の慰霊塔・碑は20年度時点で440基にのぼる。これらの建立物は建立者など関係者による管理を原則とするが、同県保護・援護課によれば、「管理者の高齢化や所在不明により維持が困難なケースもある」という。

 80年前の沖縄戦を知る生存者はもはやひと握りで、犠牲者の肉親の高齢化も進む。「平和の礎」はこの向かい風を乗り越えていけるだろうか。同県平和・地域外交推進課の浦添彩佳主査は「『平和の礎』は、沖縄に関する作戦で亡くなった人々の数を可視化し、目に見える形でどれだけの人が亡くなったのかを伝えるという点で、重要性が高まっていく」と話す。また川満副参事は「遺族の思いを大切にしながら、平和発信の一つの施設として活用できたら良い」とも語る。

仮想空間に再現
 沖縄県は今年6月から、新たに「平和の礎」の刻銘者をインターネット検索できるシステムの運用を始めた。来年3月には、ネット上の仮想空間であるメタバース上に「平和の礎」を再現し、現地を訪れずとも戦没者がどこに刻銘されているかが確認できたりするようになる予定だ。

 こうした取り組みは、世界に類例のない戦争モニュメントである「平和の礎」の価値と、平和を希求する沖縄の心を、世界に向けて広くアピールする。そして日本にいなくてもこの碑の存在を知り、「来訪」する人の増加につながるだろう。今後、平和教育や交流の拠点としての活用がより一層、期待される。

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