高校時代、私は母に反発してばかりいた。朝、学校に行くギリギリの時間に目覚めると、キッチンから「チーン」というレンジの音が何度も鳴り響く。「また今日も冷食弁当か」。友人の色とりどりな弁当をうらやましく思っていた。
当時、私はストリートファッションにはまっていた。ところが母と一緒にショッピングに行くと、「似合っていない」と試着のたびに言われ続ける。うっとうしく感じて、好きな服を着させてくれとぶつくさ文句を言っていた。
大学生になり、上京して1人暮らしを始めると、もうあのうるさいレンジの鳴り響く音は聞こえないし、服も好きなように自分で選べる。昼まで寝ていようがたたき起こされる心配はない。自由を手に入れたけれど、自分のことを常に気にかけてくれていた人が近くにいないことにどこか寂しさを感じた。そして、自らも働きながら単身赴任中の父の分まで家族を支え続けた母がどれほど大変だったのか、離れてみて初めて気が付いた。
もうすぐ21回目の誕生日。ここ2年、誕生日が近づくと実家から重たい段ボールが届いていた。中身は東京の寒い冬にぴったりなコートや大量のお菓子。そして祖母からの達筆なお祝いの手紙。私に対する心配とエールの気持ちが込められていると感じる。今年は何が届くだろう。
今では家族、地元宮崎を心から大切に思う。これからは私が、周りの人のみならず、誰かの毎日をそっと支えられるような人になる。それが21歳の誓いだ。【東京外国語大・江藤心晴】
