この人を囲んで イスラエルのガザ侵攻2年 ヘブライ大学にみる混乱と分断 学生守る「平和の島」に

この人を囲んで
取材に参加した学生記者と共に笑顔を見せるハルペリン教授(中央)=東京都千代田区で

ハルペリン教授、紛争終結へ「外交的な合意を」
 イスラム組織ハマスの襲撃を契機に、イスラエルがパレスチナのガザ地区に侵攻して2年が経過した。戦闘の長期化はパレスチナだけでなく、イスラエル国内にも深い傷痕を残している。エルサレムにある同国の国立ヘブライ大学で心理学を教え、暴力や紛争に関する人々の心理を研究するエラン・ハルペリン教授(50)がこのほど来日したのを機に、紛争がもたらした大学への影響や和平実現への思いについて伺った。【まとめ、法政大・園田恭佳】

 ――ハマスとの大規模な衝突が始まった時の気持ちをお聞かせください。

 ◆私の人生の中で最悪の日でした。女性や子どもの殺害や性暴力といった残虐行為を、身近な人々が被害者として経験することになったのです。私は3人の子どもの父親です。彼らが自宅から拉致されるかもしれないと考えました。

――イスラエルには少数派ですがアラブ系の市民もいます。大学にもアラブ系の学生が在籍しているそうですが、大学の状況について教えてください。

 ◆ハマスの襲撃以降、大学は非常に愛国的な雰囲気になりました。イスラエルでは国立大学が主流です。多くの大学は国家の一部とみなされ、軍と政府を支える立場が前面に出ました。その結果、アラブ系の学生は学内で敵視されるのではないかという不安を強く感じ、発言を控えるようになりました。

 ――教員として、紛争にどう向き合いましたか。

 ◆私たち教員は、戦争に反対する抗議の先頭に立った勢力の一つでした。大学は公的機関であり、教員も政府から給与を受け取っています。それでもイスラエルのほぼすべての大学で、約8割の教員が戦争の停止を求め抗議の意を示しました。こうした姿勢は、大学を学生にとって安全な場とするうえで、大きな意味があったと思います。

 ――大学は学生にどんな支援を行っていますか。

 ◆アラブ系の学生、ユダヤ系の学生、また軍務に従事する学生など、それぞれの事情に応じた支援を行っています。私たちは多様な学生を同時に支える難しさに直面しながら、全ての学生に安心できる環境を提供しようとしてきました。大学が「平和の島」であることを目指し、キャンパス内の暴力を抑え、学生の安全を守り、構内の日常が維持されるよう最大限努力しています。

 ――イスラエル国内の分断や政府への信頼については、どう感じていますか。

 ◆今回の紛争が始まる前から、国内では右派政権に対する大規模な抗議が続き、政府への不信が広がっていました。衝突直後こそ抗議が止まりましたが、数カ月で分断が戻り、政府を信頼できないまま戦争を経験する状況が続いています。政府と国民の間には深い溝ができています。

 ――海外の大学による学術的な交流の停止をどう見ていますか。

 ◆批判や停戦に向けて圧力をかけることは理解できます。しかし学術交流の停止は、戦争に批判的な我が国の大学や研究機関の力を弱めてしまう可能性があります。彼らがそうしようとしているのは、戦争を止めたいという思いからだとは理解していますが、その意図と実際の効果は必ずしも一致しないのです。

 ――ガザ地区の現状をどう受け止めていますか。

 ◆ガザは壊滅的で、飢餓も深刻です。毎朝届く映像を見るたびに胸が締めつけられ、夜も眠れません。私はガザで起きていることは間違っていると考え、街頭で抗議もしてきました。ハマスが人質を拘束し続けている事実もありますが、イスラエルが無実の人々を殺し、人道支援を止めることが正当化されるわけではありません。これは完全に誤りです。

 ――紛争が長期化する背景や、人々が対立を受け入れてしまう心理について、研究者としてどのように分析されていますか。

 ◆人々は恐怖や暴力を経験すると、状況を単純化し「自分たちは常に正しく、相手は常に加害者だ」という物語を作り出します。2年前の紛争開始後、イスラエルでは「私たちは被害者で、平和を望んできたのに相手が拒んだ」という物語が広まりました。一方パレスチナでは「イスラエルは占領を続け、平和を望んでいない。だから力で状況を変えるしかない」という物語が強まりました。両者の認識は鏡のように映し合い、次の暴力を正当化してしまう。その結果、紛争は長期化しているのです。

 ――紛争を終結させるためには、何が必要だと考えますか。

 ◆私が考えるポジティブな結末とは、ハマスがガザを統治しなくなるだけでなく、イスラエルも右派政権が国を支配し続けない状況になることです。もし両側の過激派が残れば、人々は大きな犠牲を払っただけになってしまうでしょう。安全は軍事力ではなく、外交的な合意によってしか得られないのです。

 ――日本の学生へメッセージをお願いします。

 ◆私たちは長い間、パレスチナとの問題を「ある程度管理していれば大きな争いを生むことはないだろう」と先送りしてきました。しかしここ2年で多くの犠牲を目の当たりにし、問題には早く向き合うべきだと痛感しました。気候変動など他の課題でも同じです。危機は遠く見えても、やがて「自分ごと」になります。手遅れになる前に、複雑さを学び、対話を重ね、今から行動してほしいのです。

若い世代の思い アラブ系、不当な差別に危機感 ユダヤ系、悲しみと恥ずかしさ
 ガザ地区を巡る出口の見えない紛争は、イスラエルの若い世代にどんな影響を与えているのか。ヘブライ大学で共に学ぶアラブ系、ユダヤ系の2人の学生に、ウェブ会議システムとメールを用いて尋ねた。【法政大・園田恭佳】

エルサレムに位置するヘブライ大学。ノーベル賞受賞者を数多く輩出し、イスラエル国内トップクラスの大学として知られている=法政大学キャリアデザイン学部・熊谷智博教授提供

「大きなショックを受けた。現実感がなく、何を信じてよいかも分からなかった」。2年前を思い返して、ヘブライ大学修士課程で学ぶ24歳のアラブ人女性、レイラさん(仮名)はそう語った。イスラエル国民の約2割はアラブ系であり、同大学も学生の16%をアラブ系が占めている。レイラさんもその一人だ。

 戦闘開始から1カ月もたたないうちに不眠症と摂食障害を発症し、ガザで飢える子どもたちを思うと食事が喉を通らなくなったという。「罪のない人々の痛みを分かち合おうとしていたのだと思う」と振り返る。

 アラブ人全体への差別感情が強まっている現状にも強い危機感を覚えている。アラブ人は国外の一部の親イスラエル勢力から「テロ支持者」「反ユダヤ主義者」と不当なレッテルを貼られ、「哀れな人々や脅威といった単純化されたイメージで語られることも少なくない」という。また、争いを止めないのかと非難されても、周囲の視線や圧力の中で声を上げることは難しい。「私たちは深く誤解されている」と訴えた。

 ユダヤ人に対しては、意見の相違はあるものの「同じ土地に生まれた市民であり、これからも互いの生活に不可欠な存在」であると話す。だが、将来の展望については悲観的だ。「今の段階では共存は不可能であり、国家としても機能しない」と断じる。それでも「憎しみを持たない世代が育つなら、未来は違うかもしれない」と、将来へ希望をつないでいる。

 一方、同じくヘブライ大学博士課程で学ぶ29歳のユダヤ人女性、ヤエルさん(仮名)はイスラエル人としての立場を誇りに思えず、「恥ずかしい」と感じることすらあるという。家族には第二次世界大戦でナチス・ドイツが行ったユダヤ人大虐殺、ホロコーストの犠牲者がいる。その歴史を背負いながら、同じような行為をガザ地区で繰り返している現状を目の当たりにし、「深い悲しみと恥ずかしさにさいなまれる」と声を詰まらせた。

 メディアのあり方については不満で「ガザ地区の様子はあまり報じられず、イスラエル国民から真実を隠している」と批判する。その一方で「私たちが政府と戦争の継続にどれほど抵抗しているかについて、世界では十分に語られていない」とも訴えた。今年3月に同国内で行われた世論調査によると、人質の解放と引き換えにハマスとの戦争終結を支持する人は約7割にのぼるという。

 将来的にはイスラエルとパレスチナがエルサレムを共通の首都とし、すべての人に平等と自由が保障される社会を望んでいる。「イスラエルがユダヤ人にとって安全な場所であってほしいが、それは他者を犠牲にしてではない」と訴える。

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