すたこら 「樹海」で手探り続ける

すた・こら

集中したい時間以外は、音楽を聴く癖がある。身支度をするとき、移動しているとき、暇さえあれば音楽を流してしまう。そんな音楽漬けな日々だからこそ、選曲にその時の自分の感情が表れやすい。最近、私が最も多く聴いているのは、Coccoの「樹海の糸」という曲だ。

 この曲にひかれたのは、高齢単身者訪問のボランティアを始めたことがきっかけだ。はじめは訪ねた方のお話を伺い、人生の一端に触れる楽しさを感じていた。しかし次第に、生活上の困りごとを相談されてもきちんと答えられないことが多くなり、知識不足でいることを「怖い」と感じるようになった。

 知らないことが多いから相談に乗れず、深い意見も言えない。これまでの学びがとても薄っぺらく見えて落ち込む日々が続いた。知らないことの怖さにあふれる「樹海」に迷い込んだ私は、その出口を探すためにさまざまな解釈ができるこの曲を聴くようになったのかもしれない。

 ボランティアを始めたのは、誰かの力になりたいという思いから。自分を守るとりでだった部活や学校を飛び出し、知らないことや遠ざけてきたことに目を向ける日々を送りたいと思ったのだ。

 ところが、いざ外界に踏み出してはみたものの、未熟さに悩むばかり。そんな私に、長年高齢者訪問をされている方がこんな言葉をかけてくれた。「知らないことが多いのではなくて、知るべきことが多いということでは」。その言葉を信じ、手探りのまま「樹海」のなかを進んでいきたい。【東京学芸大・中尾聖河】

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