<読見(どくみ)しました>
私は都内の歴史ある会社で事務のアルバイトをしている。つまらなそう、と言われる事務仕事だが、私にはささやかな楽しみがある。それは、刊行物を保管するために地下倉庫に行くこと。1960年代のビルの完成当時から変わらない地下には興味深いものが多く、行くたびに好奇心を刺激される。
地下フロアへと続く専用エレベーターの扉が開くと、重厚感のある空気が広がっている。ガタガタとした音が鳴り響き、タイムマシンに乗ったような気分になるのだ。薄暗くてほこりっぽい地下空間には、今はなき理髪店の看板や、使用禁止と書かれたシャワー室がある。長時間残業が当たり前の昭和の時代、激務で帰宅できない社員たちの生活の拠点となっていたのだろう。Advertisement
他にも、積み上げられた大きな鍋や黒電話、中身のわからないフロッピーディスクなど。誰がどのように使ったのか思いをはせると、会社を支えてきた先人たちに会えた気がするのだ。
今年になって地上フロアのオフィスは一新され、内装も設備も、新しくて便利なものになった。情報共有はデジタル化され、社内で文書のやりとりに使われた伝送筒は寸断された。こうして古いものが姿を消していくことに寂しさを感じずにはいられない。地下に眠る物たちもいつか捨て去られてしまうと思うと、使った誰かの記憶や思い出までもが消えてしまう気がした。【上智大・佐藤香奈、イラストも】