読見しました 帰ってきた相棒

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 ある昼下がりの電車内。車窓から見えるまぶしい青空とは裏腹に、私の心は荒れていた。カメラがない。乗り換え前の電車内に置き忘れたのだ。学生スポーツを取材するサークルに所属して3年目。今日は卓球の全日本学生大会の取材。帰りの電車で撮影の成果を確かめるはずだった。「カメラだけは忘れないでね」。母親の言葉がぐさりと背中を突き刺す。

 大学の入学祝いで買ってもらった一眼レフ。本格的な機種を使わないとサークルでは活躍できないと思い、中古だが高級品を選んだ。マニュアル露出で撮影に挑んだが、はじめは失敗の連続。私にはハードルが高かったかな……。そう感じながらも無我夢中でカメラを構え続けた。すると1年生の冬ごろには、先輩にほめられる「渾身(こんしん)の一枚」が撮れるようになっていた。

 コロナ禍で写真取材ができなくなった時、救いになったのは蓄積した写真の数々。今ごろ選手たちはどうしているのかな。遠い存在を思い起こすと、懐かしい記憶がよみがえる。カメラは大切な存在になっていった。だが、そんな相棒はもういない。

 諦めかけた翌日の早朝、スマホが鳴り響いた。無事見つかったのだ。駅員さんの「こちらもホッとしています」という手書きのメッセージとともに郵送されてきた我が相棒。もう置いていったりしないよ、と謝った。【早稲田大・榎本紗凡、イラストも】

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