学びの形も自ら創る 生きづらさ抱えた学生が道を模索 「雫穿大学」

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 不登校や引きこもりなど、社会的、精神的に孤立する若者が増加している。人生のどこかのタイミングで、生きづらさを抱えた学生たちが集い、自らの生きる道を探す「雫穿(てきせん)大学」。学校法人ではなくNPO法人が運営しているため、学位は授与されないが、所属学生は多様な学びを深めている。新たな「大学」の形を取材した。【東京学芸大・中尾聖河(キャンパる編集部)、写真は日本大・山口沙葉(同)】

 東京都内の雑居ビルの地下。ここが、雫穿大学の校舎だ。入室すると、教室らしくない広々とした空間が目に入る。雫穿大学は昨年10月に開校した。現在の学生数は19歳から40代の30人。18歳から在籍でき、在籍年限はない。大学の運営は、年間約60万円の学費と寄付などで成り立っている。

 同校が開校以来大切にしているのは、大学全体の運営を学生が主体となって行うこと。学費の額や夏休みの期間、イベントの予算や日程まで、月2回の運営会議で決められる。「ここは自分がどう生きていきたいのか、その答えを探す場。運営会議によって『自分の大学』という意識が芽生えます」とNPO法人TDU・雫穿大学代表の朝倉景樹さん(56)はいう。

閉塞感を打破したい

 「日本にはこう生きてくださいね、という枠組みがしっかり決まっている。そして、その枠組みから外れるとつらいのが日本社会なんです」。そう語る朝倉さんは、不登校などマイノリティー性を抱えた子らが生き生きと過ごせる場をつくりたいと、長年フリースクールの運営に携わってきた。ただ、スクールに在籍できるのは多くの場合18歳まで。そのため、大学入学適齢期になると、学びの場が激減する。「自分のことを知りたいと感じる年齢なのに、思い切り学べる場がない」事態を打開すべく、前身である「シューレ大学」の設立(1999年)に関わった。

 雫穿大学はその趣旨を受け継ぎ、社会と今後どう向き合うか、学生が自分の生き方を模索できる場として機能させようとしている。「雫穿」という校名には、雫(しずく)が岩に穴を開けるように、時間がかかっても社会の閉塞(へいそく)感を打破したいという思いが込められている。

 学期は2学期制で、4月に学生自身が学びの計画を立て、5人いるスタッフと半年ごとに相談を重ねながら、講座を選択していく。学部や必修科目はないため、哲学や語学、美術など、30以上の講座から、個人の興味関心にしたがって選択できる。また、新たに学びたいことができた場合には、自ら講座を開設することも可能だ。講師は、外部の専門家に加え、スタッフ、修了生も登用している。

 記者が見学した「学歴社会と不登校」という講座では、「学歴フィルター」という言葉に見られるような、学歴が就職活動に与える影響について、考えを深めていた。多くの人が経験する就活の流れを一学生が発表し、その発表を受けて疑問に思ったことを受講者で共有し、全員でじっくり話し合うスタイルだ。

 映像製作やデザインなど関心のあることを掘り下げて学び、「仕事」につなげる講座「パイロットプロジェクト」もある。前身のシューレ大学を含めると修了生は約200人を数えるが、修了生の中にはこのプロジェクトで経験を積み、起業した人もいるそうだ。

 修了時期は学生自身が決める。決めた学生は、1年後の修了を宣言し、報告会でこれまで大学で学んできたことを発表する。発表者と聞き手とが相互に意見を交わす中で、まだ探求したいことが見つかれば、在籍を続けることも可能だ。

 脊尾(せお)花野さん(34)は、小5で不登校を経験。その後高校には進学せず、自宅で学習していた。その中で絵画と演劇に関心を持ち、どちらも学ぶことができ、なおかつ不登校の経験も整理することのできる、雫穿大学への入学を決めた。「入学当時は自分の経験が不登校なのか分からなかった。講義を受け、整理する中で不登校だと言えるようになった」と話す。

 また長畑洋さん(30)は4年制の大学を卒業した後、雫穿大学に入学した。中学での不登校の経験をきっかけに、人との関わりに怖さを感じてきた。「どうして自分は苦しさを感じているのだろうか。このことをテーマに学びを深められる点に魅力を感じた」という。受講している社会学を応用しながら、自身のこれまでの経験を分析している。

互いを大切にしながら

 昨年から続くコロナ禍で学びの様子は一変。受講は対面からオンラインとなった。電車に乗る必要がなくなり、やりやすさを感じた学生もいた。しかし、オンラインでは相手の考えていることが察しづらいため、「人にどう思われているか分からず怖い」という感覚を持つ学生も多かったという。「互いのことを大切にしながら学ぶことが、この大学の核心」と話す長畑さん。コロナ下でコミュニケーションをどう保つか、手探りで講座を進めてきた。

 新型コロナウイルスに左右される授業形態。日本の新規感染者は幸い急減しているが、コロナ以前の場へと戻していくのも、多くの学校がそうであるように簡単なものではないだろう。スタッフとだけでなく学生同士でも、互いの不安を共有しながら、距離感を取り戻そうとしている姿が印象的だった。

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