新聞とデジタル 毎日新聞デジタル報道センター/英文毎日室

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デジタル報道センターの役割について語る日下部聡・同センター長(左)と牧野宏美・同センター副部長=毎日新聞東京本社で
デジタル報道センターの役割について語る日下部聡・同センター長(左)と牧野宏美・同センター副部長=毎日新聞東京本社で

 インターネット上で情報があふれる時代。本来、紙の情報媒体である新聞にとっても、デジタル空間で読者の関心をいかに引きつけるかが、大きな課題となっている。そこで今回、キャンパる編集部では、「新聞とデジタル」をテーマに、毎日新聞のデジタル報道を担う「デジタル報道センター」と「英文毎日室」を取材した。15日から始まる新聞週間に合わせ、新たな時代の新聞のあり方を模索する現場を紹介したい。

 ◆毎日新聞デジタル報道センター

情報の「目利き」として

 ワクチンに関するフェイクニュースがSNS(ネット交流サービス)上で拡散され、マスメディアが正確な情報を発信する意義が、このコロナ下で再確認されている。ただ、若者の新聞離れは進む一方だ。そのような中、毎日新聞東京本社ではデジタル報道センターが中心となり、紙のメディアでありながら、デジタルニュースの発信に本格的に挑戦している。デジタルと紙面は何が違うのか。日下部聡・同センター長(51)と牧野宏美・同センター副部長(42)に取材した。

 紙の新聞の購読者が減少する中、新聞が存続するためにはデジタルへの進出が必要だ――。社内でそうした認識が広がり始めたことを背景に、2017年4月、同センターの前身である「統合デジタル取材センター」が発足した。センターのモットーは「ウェブファースト」。毎日新聞が開設しているウェブサイト「毎日新聞デジタル」に、取材で得た情報をウェブ読者の関心に応えるように素早く記事化し、配信しようという思いが込められている。

 発足当初、17人だった所属記者は、現在42人にまで増えた。部署の垣根を越えて、さまざまな経歴を持つ記者が集まっている。

 同センターは時代に合わせて、新しいスタイルの記事配信に取り組んでいる。記者が注目しているのは、19年から全国紙として初めて本格的に始めた「ファクトチェック」だ。世の中に出回っている情報の真偽を検証し、その過程と情報の信頼度を記事にしている。

 ファクトチェック連載を始めた理由について、日下部センター長は、インターネットの普及でマスコミの役割が変化したことを指摘する。「以前は、マスコミが社会を流れる情報をコントロールする『門番』の役割を果たしていた。しかし、ネット端末で誰もが情報を発信できるようになった。そのため、大量の情報の中にある有害な情報を指摘する『目利き』としての役割がマスコミには求められている」という。

 記者自身経験があるが、SNSなどで見つけた情報を怪しいとは思っても、わざわざ真偽を確かめようと思うことは少ない。更に、個人が真偽を検証するには限界がある。取材のノウハウを持つマスコミがファクトチェックを行うことには意義があると考える。

「桜を見る会」疑惑を追及した同センターの調査報道をまとめた「汚れた桜」(毎日新聞出版)
「桜を見る会」疑惑を追及した同センターの調査報道をまとめた「汚れた桜」(毎日新聞出版)

 従来型の新聞社の取材部門は、政治とか経済とか、取材担当分野が部署ごとに決められている。しかし同センターは、取材テーマに自ら垣根を設けない。以前の部署と現在とで、最も変わった点について、牧野副部長は「読者との距離」だと即答した。異動で赴任した当初は「カルチャーショックを受けた」と当時を振り返る。社会部、広島支局などを経て19年5月に同センターに赴任した牧野副部長は、配信したデジタル記事に対するツイッター上のコメントや記事の閲覧数を通じて「読者の反応」が見えるようになったという。

 デジタル記事は読者の反応が見える分、同センターはイチ押し記事を配信する際、紙に載せる記事よりも「じっくり読んで面白い原稿」になるような構成にしているという。「紙の記事では、一番初めにリード(記事全体の要約)を書くのが当たり前だった。一方、デジタルは記事全体を読んでもらうために、面白い部分は終わりまで書かないように工夫している」と牧野副部長は教えてくれた。

 「読者に読んでもらうための工夫が重要という点で、デジタル記事は週刊誌と似ている」。毎日が刊行する週刊誌「サンデー毎日」で記者経験がある日下部センター長はそう指摘する。当時を振り返り、「長文の記事を読んでもらえるよう起承転結を意識したり、場面の描写を詳しく入れたりして、『読んで面白い原稿』を追求するようになった」という。更に、「紙の記事は、毎日読んでいる読者を前提にしているので、情報が断片的。デジタル記事は、1本の記事で読者が一から理解できるように心がけている」という。

 読者に面白く読んでもらえるよう工夫することは、必ずしも読者に迎合することではない。「閲覧数にとらわれるのではなく、記者ならではの視点や問題意識が伝わる記事ほど読まれ続けている」と、日下部センター長は分析する。

 今後のデジタル報道センターは何を目指しているのか。「命や民主主義に関するニュースが最優先なのは変わらない。ただ、デジタルだからこそ、一つのニュースに対して視野を広く持ち、多様な見方を提示できるよう挑戦していきたい」と日下部センター長は答えてくれた。【早稲田大・吉村千華、写真は筑波大・西美乃里】

 ◆英文毎日室

硬軟織り混ぜ世界に

 日本の新聞記者という立場から、日本の正しい情報を英語で世界に伝え続ける。読者が手にするのは紙からスマートフォンやパソコンに変わっても、そのことを大切にしてきた部署が毎日新聞東京本社の英文毎日室だ。

英文毎日室で、記事の編集作業を行う酒井アービンさん。新型コロナウイルスの感染拡大で昨年以来、リモートでの作業が多いそうだ=毎日新聞東京本社で
英文毎日室で、記事の編集作業を行う酒井アービンさん。新型コロナウイルスの感染拡大で昨年以来、リモートでの作業が多いそうだ=毎日新聞東京本社で

 同室は英文記事を専門に配信するウェブサイト「The Mainichi」を運営している。毎日の英字紙は1922年4月12日の英国皇太子の訪日に合わせて、「英文大阪毎日新聞」が創刊されたのが始まりだ。2001年4月からは、他社に先駆けウェブサイト配信に特化したデジタル英字新聞として衣替えした。基本的には日本語の毎日新聞の記事の翻訳を中心とするが、同室で独自取材した記事も配信している。

 同室で翻訳と編集、校正を行うデスクを務めるロバート・酒井アービンさん(45)は、カナダ・トロント市出身。「もともと文章を書くことが好き。カナダのテレビで日本のSFアニメや黒沢明監督の映画に触れ、日本の文化に興味があった」と流ちょうな日本語で語る酒井アービンさん。99年に来日し、英語講師を経て08年、大学院を卒業してから同室の仕事の紹介を受け、英文記者の仕事に就いた。

 翻訳する記事の選択の際には、「日本の政治や文化、社会問題など、世界の読者が日本の社会について興味を持ち、理解を深められるようなニュースを中心に選ぶ」と酒井アービンさんは語る。選ぶ記事は、いわゆる全国紙の1面を飾るような記事ばかりとは限らない。8月上旬、キャンパる編集部がデジタル限定で配信した、方言の利用度や知識で地元愛の程度を判定する「県人度判定」の記事が同月29日、翻訳の上掲載された。日本の言語文化に迫る内容で外国人にとっても興味深い内容だったからという。他にも、日本のポップカルチャーや、現在はコロナ禍の影響を受けているものの、日本を訪れる外国人観光客へ向けた記事なども展開している。

 記事の翻訳は、単に日本語を英語に直訳するのではない。「日本語の記事を素材に、英文として新たに記事を執筆するという認識で記事を翻訳している」と酒井アービンさんは話す。正確かつ、読者に分かりやすくするために、日本語の記事を書いた記者に話を聞き、情報を補足することもある。それに加え、「事件事故といった重いニュースと、文化や観光といった手軽に読めるニュースの取り上げるバランスを考慮することで、読者にとって読みやすく、そして面白く読んでくれるような新聞づくりを心がけている」という。

 日本語の記事と英語の記事には異なった特徴がある。日本語の記事では、記事の最初から年齢や数字など、情報をきめ細かく盛り込むが、英語の記事では最初の一文で内容がすぐわかるよう、記事の内容をできるだけ簡潔にまとめるという。

 酒井アービンさんが英文記者となって一番印象に残ったニュースは、11年に発生した東日本大震災と福島第1原発事故だった。「海外メディアが続々と報じたニュースだったが、パニック状態に乗じてまるでエンターテインメントかのような行き過ぎた報道がなされていた。そのような中で、冷静に、正確な日本発のニュースを発信する重要性を実感した」と酒井アービンさんは回想する。

 今後については、「日本への移民の問題や、環境問題、そして情報リテラシーの問題について取り上げたい」と意気込む。そしてキャンパる編集部の学生記者にメッセージを送ってくれた。「学生のみなさんには、英語で日本のニュースを理解してみてほしい。その上で、記事で取り上げた話題は日本だけではなく、世界とつながっている話題であることに気づいてほしい」

 デジタルの力を使い、日本の有り様を世界に向けてタイムリーに発信し続ける。デジタル時代における新聞の重要な役割がここにあるのではないだろうか。【日本大・畑山亘】

2021.10.12 毎日新聞夕刊(首都圏版) 掲載

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