値札ない商品に思い込め 大分の現役大学生が商店 食品ロスと食の貧困解消を

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学生スタッフが接客する「あまいろ商店」。店内には、日常生活で取り組める食品ロスの解決策などを紹介した手書きのポスターが張られている=大分県別府市で


 湯けむりがたちのぼる温泉街で有名な大分県別府市に、訪れる人の心を温めてくれるお店がある。「食品ロス」と「食の貧困」の同時解決を目指し、同市を本拠とする立命館アジア太平洋大学(APU)の学生らが運営する「あまいろ商店」だ。この店に並ぶ生鮮野菜などの商品には値札がない。そんなシステムでなぜ店が運営できるのか。学生たちの取り組みを取材した。【早稲田大・榎本紗凡】

 別府駅から徒歩約7分。住宅街のアパートの1階に「あまいろ商店」はある。約5平方メートルのこぢんまりとした店内には、新鮮なカボチャやナス、レモン、色とりどりの花など約10種類の商品が並んでいた。毎週土曜日、午後2~6時に営業する同店では毎回陳列する商品が異なるので、その分来店する楽しみは大きい。

 陳列されている商品は、実はすべて廃棄されるはずであったもの。品質には問題ないが、規格外などの理由で出荷されなかった品物を、SNS(ネット交流サービス)などを通じて募集し、生産者の方から無償で譲り受けている。提供元は、専業農家、企業・団体から家庭菜園を営む一般人までさまざまだ。

 こうして調達した商品に、同店は値札をつけない。代わりに客が自ら決めた代金を入れる「お気持ち箱」を設置している。実際「お気持ち」分のお金を投入し、「こんなにたくさん、ありがたいね」と食材を大事そうに抱えて、ご年配の方が満足げに帰っていく。赤ちゃん連れで来店した夫婦は「安く手に入れられる上に、食品ロス削減にも貢献できる」とほほ笑んだ。

 「あまいろ商店」が誕生した背景には、同店の発案者で、現在店の代表を務める古川光さん(22)=APUアジア太平洋学部4年=の体験が根底にある。佐賀県出身の古川さんは高校生の時、祖母の畑仕事を手伝い、食べられる野菜が山積みになって捨てられている光景を目の当たりにした。また同時期にテレビで、先進国である日本にも、経済的な格差の拡大を背景に満足に食事を取れない弱者が増えていることを知り、衝撃を受けた。

 食品ロスと食の貧困。この矛盾する二つの問題をどうにか解決したいという思いで事業プランを練り上げ、クラウドファンディングで約56万円の支援金を集めることに成功。今年4月、同店をオープンさせた。店名の「あまいろ」は「澄んで晴れた日の空の色」を表す言葉で、「みんなにとって無限の可能性がある場所」にしたいという思いが込められている。

 店舗運営のシステムは豪州の先行事例から着想を得た。値札をつけず「お気持ち箱」を使うのは第一に、本当に生活に困っている人でも気軽に利用できる店を実現するため。第二に、利用客自身に食材の価値を決めてもらうためだという。「廃棄されるはずだった商品に値札をつけてしまうと、食品ロス回避のための対価はこれくらい、と店側が決めてしまうことになる」と古川さんは話す。

 初めて来店した客の中には値段を自分で決めることに困惑する方もいるそうだ。しかし廃棄されるはずだった商品の価値を自ら決めるという新鮮な体験は、「日常生活でも食品ロスを減らすために積極的に行動を起こすきっかけになる」と古川さんは考える。実際「お気持ち箱」を使った客が「家でもご飯を残さないように気をつけるようになった」と話してくれたという。

 接客で古川さんらは、食材の廃棄理由や調理方法を丁寧に伝え、安心して食べてもらえるよう配慮。さらに「人とのつながりの温かさを感じられる場所にする」ことを心がけている。接客を行うのは、SNSでの募集に応えた11人の学生だ。その一人、同学部1年の高山菜々華さん(18)は「また来たいと思ってもらえるよう笑顔で話す」ことに気を配っているという。ちょっとしたおしゃべりを楽しんで帰る客もいる。コロナ下で人間関係が希薄になりつつある現在だからこそ、同店には地域の「心のよりどころ」となる求心力が備わっているように思える。

 トマト農家でカフェも経営している浜原健さん(43)は、食べられる期限が短い生鮮食材を同店に無償提供している。「学生さんたちの短いスパンでの活動には今まで肩入れしてこなかった。だけど、あまいろ商店はみんなで協力して『つながる』事業を展開している。だから応援したくなる」という。運営メンバーが発信するSNSの投稿は、食材の調理方法や食品ロス、食の貧困に関する情報がぎっしり詰まっている。そうした社会問題に対する真っすぐな姿勢も、生産者の方々に愛される理由なのだろう。

 今秋、同学部4年の松枝萌々子さん(22)らが企画する地域交流型イベントが開催される予定だ。地獄蒸し料理で有名な地元店とのコラボ企画を予定している。「いろんなアイデアを取り入れて、食品ロス削減の取り組みをより多くの人に知ってもらいたい」と話す松枝さんの言葉には熱がこもる。

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