大学生に人気の「お人形授業」 あらたなつながり生み出す

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オンライン形式で行われた白百合女子大の「人形参観」。菊地さんは高齢女性からもらったバービー人形を紹介し、学生たちに思い出を語った


 新型コロナウイルスの猛威が収まらない中、各大学はオンライン授業の継続を余儀なくされている。そんな中、非対面でも学生の人気を集め、盛り上がりを見せているのが白百合女子大(東京都調布市)の「人形を学ぶ授業」だ。子ども時代で卒業する人が多い人形を、なぜ大学で学ぶのか。講義を担当する同大講師の菊地浩平さん(38)に話を聞いた。【国学院大・原諒馬】

 授業の正式名称は「人形文化論」。ゆるキャラ「ふなっしー」やバービー人形、ゲーム画面に自分の分身として登場する「アバター」などを入り口に、人形文化の歴史や存在価値を多角的に考察する内容だ。菊地さんが今年4月に同大で専任講師になったことに伴い、人間総合学部児童文化学科に新設された。

人形に興味を持つきっかけになったヒーローショーでの記念撮影=後楽園ゆうえんちで1987年5月2日、菊地さん提供
人形に興味を持つきっかけになったヒーローショーでの記念撮影=後楽園ゆうえんちで1987年5月2日、菊地さん提供

 菊地さんが人形に興味を持ったのは3歳の頃。親に連れられて見に行ったテレビの人気キャラクターのヒーローショーの出来が、会場によって違うことに違和感を持った。「同じキャラクターでも、『後楽園ゆうえんち(現東京ドームシティアトラクションズ)』のショーと、父の会社のイベントで行われたショーでは、ヒーローの動きが全く違った。『同じでなければおかしいのに、どうしてだろう』と子供ながらに興味を持った」と当時を振り返る。この疑問が、同一人物が着ぐるみの中に入るとされる「ふなっしー」の人気を研究するきっかけとなった。

 高校から早稲田大の付属校に通い、同大、同大学院に進んだ菊地さん。成長とともに人形への関心は少しずつ薄れていったが、高校卒業の際に書いた論文を契機に、研究意欲を燃やし始める。「当初はお笑いについて書こうと考えたが、調べるうちに人形劇の喜劇性に気づいた。シリアスな話でも、クスッと笑ってしまう可愛さがある」。人形劇の面白さに刺激され、大学、大学院と一貫して人形劇研究に没頭した。その後、早大文化構想学部の助教として初めて授業を一から作る機会を得て、2014年に「人形メディア学概論」と「人形とホラー」を企画・担当することになった。

 「人形」という限られたテーマで学生に長期間、興味を持ち続けてもらうにはどうすればいいか。菊地さんが編み出した手法は、人形をテーマに学生と議論を交わすことだった。まずは現代の人気キャラクターを分析するなど、学生が面白いと思える題材を講義内容に多く盛り込む。そして内容に関する彼らの意見を次の授業で紹介したり、再度意見を求めたり、対話を通じて興味を深めてもらうことにした。

コロナ禍の前に実施した対面での「人形参観」。学生たちが持ち寄った人形が飾られている=早稲田大文学学術院で2017年7月22日、菊地さん提供
コロナ禍の前に実施した対面での「人形参観」。学生たちが持ち寄った人形が飾られている=早稲田大文学学術院で2017年7月22日、菊地さん提供

 すると毎回の授業後に書いてもらうコメントシートには、学生から熱意のある考察や感想が届くようになった。さらに面識の無い学生同士が授業後、講義内容に関して話し合う姿も見受けられ、次第に授業の意義を実感していった。菊地さんは「人形に関する講義は手段。そこから学生の考えなどを導き出し、話し合う事が大切だ」と強調する。

 なぜ人形であれば、これほど相手の意見を引き出せるのか。菊地さんは「人形は、人間と他の何かをつなぐもの」だと指摘する。「『モノ』でありながら、情がわいたりする。人の気持ちや意見を移し替えやすいので、時には大政翼賛会が戦中に国威発揚のツールとして利用したり、ホラー作品などにも転用されたりしてきた」。人形を介してさまざまなコミュニケーションを行えてしまうため、人形を「メディア(媒体)」ととらえる。

 実際、人形を介せば、相手の過去から現在までの経験や性格も聞けるという。履修者が持ち寄った人形との思い出を発表する「人形参観」でその理由が分かると聞いた記者は7月21日、白百合女子大の参観を傍聴した。

 参観はオンラインで開催されたが、自らカメラをオンにして、叔母に買ってもらったサンリオのキャラクター「シナモン」や、箱の中に大切に保管されたシルバニアファミリーの人形などを紹介し、それぞれの出会いや思い出を率直に語り始める学生たち。たとえ初対面でも、人形を通じて相手の雰囲気や性格を感じ取ることができる点で、まさに人形はメディアの役割を果たしていた。

 「話が苦手な学生でも、自分の人形に関する話であれば、思い出が自然と出てくる。そこから相手の人柄や考えを知れることが面白い」と菊地さんは人形の魅力を語る。受講した学生の一人は「入学してから一番有意義な授業だった。大学に入ってから自主的にノートを取ったのはこれが初めて」とコメントシートに感謝の言葉をつづった。

 9月から始まる後期は、1960年代にNHKで制作された「ひょっこりひょうたん島」などのテレビ人形劇を扱う授業も計画している。古巣の早大でも授業を兼務しながら、今後は積極的にマスメディアにも出演して、人形の研究意義を伝え続ける予定だ。

 「大学はいろんな考えを持った人が、偶然集まった場所。講義を一方的に聴いて終わらせるのはもったいない。今後も学生たちとのコミュニケーションを重視して、一緒に授業を作り上げていく」と菊地さんは意気込んでいる。

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