2019/07/30 大楽人

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個性豊かな「ホコ天」に夢中 独自の視点で研究
内海皓平さん(東大大学院)

 8月2日は「ホコ天記念日」。1970年のこの日は、日本ではじめて歩行者天国が実施された日と言われている。そんな歩行者天国を独自の視点で研究しているのが、東京大学大学院の内海皓平さん(工学系研究科修士2年)だ。【東洋大・佐藤太一、写真は早稲田大・廣川萌恵】


 内海さんの研究対象は、警視庁が「歩行者天国」と呼ぶ東京の秋葉原・銀座・新宿のほかに、「歩行者用道路」も含む。これは、公園が近くにない子どもの遊び場としてや、商店街の買い物客の安全、通学・通園する子供たちの安全のために車両の進入を禁止した道路のことだ。これに加えて、お祭りなどのために一時的に交通規制をする場合もある。これらが一般的には「歩行者天国」と呼ばれ、内海さんもそれにならって、これらすべてを「歩行者天国」と呼んでいる。

 歩行者天国が日本で実施されるようになったのは、交通事故の増加が主な原因。歩行者天国がはじめて実施された70年は、交通事故の死者数は史上最多であった。そのため、歩行者用道路は都市部、特に学校の周りなどに多く見られる。なかなか気づかないが、データ上は現在、東京23区だけでも5000カ所の歩行者用道路があるというから驚きだ。

 内海さんの研究の始まりは、学部生時代のフィールドワーク。東京都文京区根津の藍染大通りを訪れたのが、歩行者天国へ駆り立てられるきっかけとなった。

 本来は通行するためにある道路が、さまざまな使われ方をされる。そのことに魅力を感じた内海さん。多いときでは週3回も足を運んだ。住民とも親交を深め、お祭りのときは一緒にみこしを担ぐほどだ。

 調査のためには、足を使うことが欠かせない。歩行者天国の運営は、地域の住民に任されている実情があるからだ。実際に行ってみるまで、どう運営されているかは分からない。

 例えば子どもの遊戯のためのものは、子どもが外で遊ばない雨の日には実施されなかったりする。歩行者用道路は警察が管理しているが、住民が積極的に運用しているのはごく一部。住民が、車両の進入を防ぐための看板を出しているかが、運用されているかどうかの目印だ。歩行者用道路を示す標識があるので、本来は置かなくてもいいのだが、規制中であることが分かりにくいと、車両が誤って入ってきてしまう。

 しかし、それをどう思うかは住民次第。黙認していれば看板は置かれないか、置かれたとしても隅に置かれ、そうでなければ中央に置かれる。どんな看板を置くかもそれぞれ異なり、立派な看板もあれば、ただの三角コーンがぽつんと置かれることも。内海さんは「地域住民の考え方、折り合いのつけ方が、歩行者天国という場に形となって表れてくる」と語る。

内海皓平さんが中心となって制作した「歩行者天国ハンドブック」

 そんな歩行者天国の面白さを伝えるため、内海さんは、昨年10月に「歩行者天国ハンドブック」を自費出版した。個性豊かな看板や、歩行者天国で行われるイベント、海外の歩行者天国まで、たくさんの写真を使ってユーモアいっぱいに紹介している。〓

始当初は、単なる安全という意図が強かったであろう歩行者天国。しかし、道をただの道と見ず、異なる読み取り方をすることで、行事を開催したり、住民の交流を図ったりする、まったく異なる場にすることができる。そこには「町としてのやわらかさ」があると内海さんは指摘する。しかし、歩行者天国を存続させるのは簡単ではない。車両の通行制限を不便と感じる人もいるし、利用することで騒音などのトラブルを引き起こしてしまう危険性もある。歩行者天国の存続は、住民の事情や考え方に左右されるのだ。

 昔から、人と人との関わりや動きに興味があった内海さん。大学で専攻するのは建築計画学。人間の行動や心理を踏まえて、いかに空間を設計するかを考える学問だ。現在は、公共の場をどのように活用するかということまで、分野を広げている。その視点から見ると、歩行者天国は、独自に発達した公共空間の利用の仕方として、もはやひとつの文化だと内海さんは語る。

 取材を終えてから、記者も歩行者用道路の標識が目に付くようになった。いつもは通り過ぎていた何気ない景色が、急に深みを増して見えてくる。


「内海さんおすすめの歩行者天国」

(1)藍染大通り(東京都文京区)
 下町で大切に育てられてきた歩行者天国。使われ方の多彩さは歩行者天国の概念を覆す。

(2)平和通買物公園(北海道旭川市)
 1969年に国道を封鎖して歩行者に開放する社会実験が行われた。当時はまだ歩行者天国という言葉すらなかったが、この挑戦が失敗していれば歩行者天国は生まれなかったかもしれない。

(3)国際通り(那覇市) 沖縄の戦後復興の象徴とされるこの通りで歩行者天国が始まったのは本土復帰の1972年のこと。現在は観光地化しているが、思いが詰まった歩行者天国だ。


■人物略歴:うちうみ・こうへい
 1995年、東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士2年。2017年から歩行者天国の研究、イベント出展などを通して歩行者天国の魅力を発信。古い建物の調査やリノベーションにも取り組む。

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